ある人からのメールを待っているのですが、待てど暮らせど音沙汰なしです。
メール待ってます、なんて書くのは悔しいから、「お疲れ様」とか「まだ仕事?」とか、当たり障りのない一言を送るのですが、なしのつぶて。
PCを開くたびにがっかりして、そのまま独り帰途につくような日は、思わず携帯を鳴らしてみたりもするのですけど、なぜか毎回数回の呼び出し音のあと繋がらないままぶちっと切れてしまいます。
受話器を取り損ねたかしら、なんて思ってかけ直すのですけど、その後は何回かけてもNTTの無機質なアナウンスが繰り返されるばかりです。
「お客様のおかけになった・・・・電源が切れているか電波の届かない場所にあるのでかかりません。」
メッセに出ているところを捕まえられそうなこともあるのですが、私がログインすると、なぜかその直後にログアウトしてしまうので、なかなか話しができません。
私がログインする-彼がログアウトする、その一瞬の隙を狙って、今日やっとこ彼を捕まえることができました。
あぶの発言: 待っているのが分っているのだから、連絡をくれたっていいでしょう。
あぶの発言: いくら忙しいと言ったって、メールくらいできるでしょう。
あぶの発言: ぶつぶつ・・・まったく・・。
あぶの発言: 何か言ったらどうなの?
あぶの発言: だいたいさ、いつもあたしから電話入るとそこで電源落としているでしょう。
彼 の発言: え、違うよ
彼 の発言: そこで、電源が落ちちゃうんだよ、いつも。
あぶの発言: んなことあるわけないでしょう。
彼 の発言: ほんとだよ。職場に充電器がないから、帰り道でいつも落ちちゃうんだ。
あぶの発言: 電源が一日しかもたないの?
彼 の発言: そうだよ。なにしろ20年前のバッテリーだからね。
あぶの発言: 20年前には携帯はないよ。
彼 の発言: あったよ。
あぶの発言: ないよ。
彼 の発言: ・・・・・・
あぶの発言: ・・・・・・
あぶの発言: あたしがメッセにログインすると、すかさずあたしのこと、禁止にしてるでしょう。
彼 の発言: してないよ。
あぶの発言: だっていつもすぐ落ちるよ。
彼 の発言: そんなことないよ。偶然だよ。
あぶの発言: だっていつもだよ。
彼 の発言: そんなことないよ。
あぶの発言: ・・・・・
彼 の発言: ・・・・・会社の向かいの席のね、上司がね、すごく意地悪なんだ。
あぶの発言: 上司?
彼 の発言: そう。牛乳瓶の底みたいなメガネをかけていつもいらいらして、ボールペンをくるくる回している。
あぶの発言: 上司なのに向かいの席なの?
彼 の発言: そういう会社なんだ。りべらる、なんだ。
あぶの発言: りべらる。
彼 の発言: そう、りべらる。
彼 の発言: でね、君がログインして僕が話しかけようとすると、すかさず彼が、
あぶの発言: 彼って、牛乳瓶の上司?
彼 の発言: そう、その牛乳瓶。その牛乳瓶が僕に仕事を命じるんだ。
あぶの発言: メッセできないように?
彼 の発言: そうだよ。コピーとってきて、とか、お茶汲んできて、とか。
あぶの発言: ・・・・・
あぶの発言: どうして向かいの席なのに、あなたがメッセしようとしてるって分るの?
彼 の発言: ・・・・牛乳瓶はね、超能力をもっているんだ。
あぶの発言: 超能力
彼 の発言: そう、超能力。まだ初段だけどね。
あぶの発言: 超能力をもっているのに、どうして牛乳瓶のメガネをかけているの?
彼 の発言: 牛乳瓶のメガネはね、魔法の使いすぎで目を悪くしたんだって。だから彼は千里眼は不得手なんだ。透視も苦手だって言っていた。
あぶの発言: 魔法使いなの?超能力者なのに?
彼 の発言: 両方なんだよ。お父さんが超能力者でお母さんが魔法使いだったんだ。
あぶの発言: 魔法と超能力をもっているのに、ボールペンをくるくる回すの?
彼 の発言: ふつうに回すんじゃないよ。空中で回しているんだ。時々僕の机に落として嫌がらせをする。
あぶの発言: それは嫌がらせじゃないよ。きっとまだ下手なんだよ。
彼 の発言: そうかもしれない。でも半分は嫌がらせだよ。彼は僕の目がいいのがうらやましいんだ。
あぶの発言: 今はいないの?
彼 の発言: 今はいない。箒の調子が悪くて修理に出しにいってる。
あぶの発言: ・・・・・
彼 の発言: ・・・・・あ、昨日メールしたよ。
あぶの発言: 来てないよ。
彼 の発言: したよ。
あぶの発言: 来てないもん。
彼 の発言: ・・・・
あぶの発言: ・・・・
彼 の発言: あのね、ここだけの話なんだけどさ
あぶの発言: ・・・・
彼 の発言: 会社の帰り道ね、君にメールしようとすると気配を感じるんだ。
あぶの発言: 気配?
彼 の発言: そう、気配。つけられているんだよ。うしろ。ぱっと振り返るとね、電信柱の後ろに隠れるんだけど、僕が歩き出すとちょっとの間をあけてついて来るんだ。
あぶの発言: ストーカーなの?
彼 の発言: わからない。そうかもしれない。でさ、それさ、人間じゃないんだ。バクなんだ。
あぶの発言: バク?
彼 の発言: そう、バク、なんだ。100mくらい間をあけてずっとついて来るんだ。
あぶの発言: 何のために?
彼 の発言: バクはね、手紙を食べるんだ。だから僕の後をついてきて、僕が君に送ったメールを、送るそばから食べちゃうんだよ。むしゃむしゃって。
あぶの発言: 彼が全部食べちゃったの?今までの分。
彼 の発言: そう。全部。むしゃむしゃ。
だってバクはいつもお腹を空かせているんだよ。どんなちっちゃいメールも見逃さない。とことこってやってきて、頭からむしゃむしゃ食べちゃうんだ。
あぶの発言: バクが食べるのは夢だよ。手紙じゃないよ。
彼 の発言: 世の中の子供達が夢を見なくなってしまったから、バクはいつもお腹を空かせているんだ。
あぶの発言: だから手紙を食べることにしたの?
彼 の発言: そうだよ。だって手紙の中にはまだ、たくさんの夢が語られているからね。手紙は行き場を失った夢たちの最後の隠れ場なんだよ。だからバクは手紙を食べるんだ。
あぶの発言: あなたも夢を語ったの?あたしに宛てたメールの中で。
彼 の発言: そうだよ。色んな夢。赤や青や黄色、それから橙色の、いろんな夢を君に宛てて書いたんだ。今はもうバクのお腹の中だけどね。
あぶの発言: それは取り戻せないの?
彼 の発言: バクはね、僕のメールを食べた後、膨らんだお腹をよいしょって持ち上げて、右手でお臍の横をぽんぽんって叩いて、にっこり笑って幸せそうに帰って行ったんだよ。僕のアパートの前の、ほら君も知っているだろう、夜になれば人っ子一人通らない寝静まった住宅街の、電信柱がおんなじ間隔でぼんやり立ちつくしているあの道をさ、何度も何度も僕の方を振り返りながら帰って行ったんだよ。僕は気づかないふりをしていたけどさ、郵便受けを覗くふりをしてこっそり振り返って見ていたんだ。それでも君は、それを取り戻して欲しいの?
あぶの発言: だってそれは、あたしの、なんだよ。
彼 の発言: でも、バクの方が先に受け取っちゃったんだ。
あぶの発言: また送ってくれる?
彼 の発言: 送るよ。また送る。約束する。
あぶの発言: またバクが先に食べちゃうかもよ。
彼 の発言: 今度はバクに頼んでみるよ。全部食べないでって。いくつかはちゃんと君のとこまで届くように。
あぶの発言: バクに話しかけるの?彼は隠れているつもりなのに。
彼 の発言: うん。だってそうしないと、バクは全部のメールを食べちゃうからね。
あぶの発言: ばれてるって知ったら、バクはいなくなってしまうかもよ。
彼 の発言: うん。そうかもしれない。なにしろバクは極めつけの恥ずかしがりやだからね。
あぶの発言: あなたのところからいなくなったら、バクはどこにいくのかしら。
彼 の発言: 動物園に戻るんじゃないかな。
あぶの発言: 彼は動物園からきたの?
彼 の発言: そうだよ。動物園から逃げ出してきたんだ。だって動物園の食事ときたら、シロアリとか野菜屑とか、そんなものばかりだからね。いいかげんあきあきしてたんだ。
あぶの発言: アリクイとバクは違うよ。
彼 の発言: 同じだよ。
あぶの発言: 違うよ。
彼 の発言: ・・・・・
あぶの発言: ・・・・・
彼 の発言: 動物園の飼育係は同じだと思っていたんだよ。だからバクにシロアリばかりあげていたんだ。
あぶの発言: ・・・・・
彼 の発言: ・・・とにかくバクはそんなところにいるのはごめんだった。だから逃げ出して、僕のところに来たんだ。なぜって僕が君に送るメールはいつだってとびきり上等のおいしさだからね。
あぶの発言: あたしバクにあなたのメールあげてもいいよ。
彼 の発言: いいの?
あぶの発言: いいよ。だってそうしないと動物園に帰ってバクはアリクイにされてしまうでしょう。
彼 の発言: そうだよ。バクとアリクイの違いが分る人はなかなかいないからね。
あぶの発言: じゃあ、あたし宛にいっぱいメール書いてね。それ全部、バクにあげるから。
彼 の発言: 書くよ。いっぱい書く。バクがお腹いっぱいになるように、夢味のメールをいっぱい書くよ。
あぶの発言: じゃああたしは、届いたつもりで、お腹いっぱいになる。
彼 の発言: うん。ちゃんと書くから。約束する。バクが全部食べちゃうから君には届かないけど、ちゃんと書くから。
あぶの発言: うん。わかった。仕事中なのにごめんね。
彼 の発言: ううん。大丈夫。でもね、上司が帰ってきたみたいだ。
あぶの発言: 箒に乗って帰ってきた?
彼 の発言: うん。箒の調子も直ったみたいだ。窓から入ってきたよ。
あぶの発言: 仕事してたふりしなきゃ、ね。
彼 の発言: うん。
あぶの発言: じゃあ、仕事がんばってね。
彼 の発言: ばい。
あぶの発言: ばい。
9月23日追記
朝になって読み返してみたら、誤解を与えるような文だと思ったので追記します。
すみません。これは創作です。
こんな恋人だったらおもしろいなと思って書きました。
ご心配をおかけした方いらっしゃったら、たいへん申し訳ございません。
言葉足らずで誤解を与えたかもしれません。
(そんな人誰もいないかしら?それならいいのだけど・・。)
本当に申し訳ございません。
(ホントは半分はホントなんですけどね^^)