時計を見ると予約時間を一時間は過ぎている。誰もがそのくらいは待たされているのだろう。人々の居並ぶ待合室は、苛立ちと諦めがため息のように交じり合い、あまりにありふれた日常の1コマであるが故にすでに色を失い、グレートーンの風景と化している。
薄汚れた部屋の隅に置かれた扇風機は物憂げにむんとする空気をかき回している。
女は、向かい合って並べられた長椅子にこちらを向いて座る男性をちらりと盗み見た。初老の、その男は待ちくたびれたのか目をつぶって身じろぎもしない。別に確認するまでもなかったのだ。消毒薬の匂いの立ち込めるこの部屋では、誰もが自分の存在の重さを持て余して重苦しい沈黙の中に沈んでおり、他人の行状を気に留める者など居はしないのだから。
女はそろそろと手を伸ばし、汗を含んでぺったりと張り付いたスカートを太股から引き剥がした。疼きのような痒みが奥歯の後を通り過ぎ、女の意識はあの、夏の夜の草いきれへと彷徨っていく。
草いきれ、とはなんと官能的な言葉であろうか。二人の重みに押しつぶされた夏の草が、ふいにやってきた侵入者に怯えたような芳香を放つ。月に向ってすらりと伸びた名も知らぬイネ科の草が仰向けに寝かされた女の額をちくちくと撫でる。どこかで蛙が、鳴いていた。ひんやりとした土に押し付けられていたのは、彼の足であったろうか、あるいは女の足であったろうか。あるいは別の、死体となった誰かの足であったろうか。女の首筋から腰へと背骨に沿って、狂ったように往復を繰り返す無骨な手、耳に注ぎ込まれる喘ぎとも叫びともつかぬ祈り。何かの蟲が、太股を這って行った。半月を雲が遮り、闇が、来た。
疼きの主は、小さな蚊刺の痕であった。草薮の中で、たったひとつの蚊刺しか受けなかったことに、女は幾ばくかの寂しさを覚えつつも、ほっと安堵の息をもらす。
向かいに座っていた初老の男はいつの間にか診察室に消えていた。
汗を含んだスカートを膝上にまでめくり、あの夜の唯一の証をそっと撫でる。
白い太股に、そこだけ朱を差したような、小さなふくらみ。
どこか芯の、疼き。
女はそこに、きつく爪を立てた。
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お久しぶりです。
書いていないと書けなくなるような気がして怖いのは、どこかおかしいでしょうか(笑)。
彼とデートをした時に刺された痕が、どこかいとおしくてそっと撫でる、といった可愛い女性を書くつもりが、なぜかこんなんになってしまいました^^;
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