蕗味噌を父の馴染みの料理屋さんから分けて頂いたので、ふろふき大根を炊きました。
料理屋さんの大将は父の幼馴染で、結婚した当初お嬢様育ちで何もできなかった母が料理を習いに通わせていただいた間柄でもあります。
父に連れられて行った時など、「御嬢、御嬢」と呼んでかわいがってくださり、銀杏の炒りかた、こかぶの供しかた、利き酒のしかたまで教えてくださる「おじさん」であります。
父が席を立った隙には「御嬢、○○ちゃん(父の名)に内緒で、今度は一人でおいでよ」なんて声をかけてくださるのですが、父を差し置いてひとりで暖簾をくぐることなど到底できぬと心得ています。
値段、といった点でもそれなりなのですが、私とて一人前に稼いでいる身、無理すれば伺えないこともありません。それよりなにより、自分の身の丈といったものを鑑みてやってよいこととそうでないことがおのずとあるように思われるのです。
そんなことだからいつまでたってもマナーも味も分からぬひよっ子なのだと言われそうですが、どこから見ても半人前の若いものが金にものをいわせてブランド品を買いあさり、高級料理店に出入りしてあそこはおいしい、あそこはどうだと批評するのは見苦しく、恥ずかしいことだと思います。
同様に教授に連れて行っていただいたお店、先輩に連れて行っていただいたお店にも私は一人では入りません。「また連れて行ってください」と楽しみに精進するというのがあり方だと思うし、金銭的な面で言えばご家族をお持ちの諸先輩に比べれば独身貴族の私の方がよっぽど自由になるという現実をどこか一線をひいて戒めるのが筋であると思います。
逆をいえば、私が後輩を連れて食事に出かける時には、自分が普段行くお店よりもほんの少し見栄を張ります。馴染みではあるけれど、とっておきの日のためのお店。そういうところで後輩の労をねぎらいたいと思うのだし、そうであってこそ屈託なくご馳走様が言える、言ってもらえるように思います。
気軽に入れる、が売り文句になる時代。自分の身の丈に自覚的でありたいと思います。
と、話しがずれました。
この蕗味噌。蕗味噌というとふきのとうを刻んで味噌に和えるのが一般的と思いますが、これは蕗の味噌漬けといったほうがあっているかもしれません。花芯を包むがく(あれは葉?ご存知の方教えてください。)一枚一枚に味噌をはさみ漬け込んだもの。刻んでいない分そのまま食せばふきのとうの歯ざわりがしっかり残っています。実家ではこれを丸ごと炙って周りを焦がし、行儀悪くも丸のまま齧り、酒のつまみとします。
今回はこれを細かく刻み大根を炊いた煮汁でのばし味噌としました。皿を抱え込んで大根三切れ、ぺろりのおいしさ。
さて今回の目玉は酒かすの煮物。ちょっとドライブに出るだけで酒蔵を数件回ってこられる土地柄、スーパーには地元の酒蔵の酒かすがいく種類も並べられ、贔屓の酒蔵のものなど見つけた日にはよっぽど購入しようかと迷うのですが、Kgいくらで売られているもの、一人暮らしで買うには勇気がいり、これまでぐずぐずと挑戦せずにきました。その躊躇を破るどんなきっかけがあったわけでもありませんが、ひさしぶりの休日、とうとう酒かすを手にすることに。
たっぷりの生姜と一つまみの塩だけで煮込んだ豚肉も椎茸もこんにゃくもうっとりするほどの甘さ。体の芯からあたたまるなつかしさ。余った煮汁をパンでぬぐって食べたほどのもったいなさでした。
箸休めに大根の皮のきんぴら。

酒かすと同じ酒蔵の酒を手ごろな汲み出しで喉をならして飲む土曜日の夜。
追加
もちろん上記のことはその方との関係の近さや、どういうつもりで連れて行ってくださったかによって左右されるのでしょうけど。
「この間教えていただいたお店がとてもおいしかったので、あのあと彼ともう一度行ったんですよ」なんて言ってもらうことはとても嬉しいものですからね。