昔の人は一年の身無病息災を祈って新春に七草を摘みお粥にして食べたそうです、という解説は知っていたものの、1月7日にハコベだのナズナだのが手に入るとはいったいどこの南国の話だろうと不思議に思っていた。調べてみたら昔は旧暦であったから七草も2月頃に行われていたのだという。2月だってうちの地方では1月よりもますますもって厳冬の真っ只中、越冬性の植物といえど食べるほどの量がそうそう簡単に手に入るとは考えられない。土地土地に合わせ、いずれ大豆だの芋だのを取り揃えて七種としていたのだろうとは想像される。
実家では雪が降る前に裏庭の片隅に自生するナズナやハコベの脇に棒を立てて目印とした。
1月、畑はすっかり雪に覆われ長靴を履いていたって庭の片隅にぽつんと先だけ出している目印棒まで雪まみれにならずに歩いていくのは難しい。軒下に積んである手ごろな棒切れなんぞを脇に挟み、一面積もった雪にずぶりずぶりと深い足跡をつけて七草粥の具を採りに行くのは決まって祖母の仕事であった。そんな大仰なものはふさわしくないと思うのか、なぜかシャベルは使わないのが祖母のやりかただった。手に息を吹きかけながら拾っていった棒切れで硬く締まった根雪をつついて崩し、数ヶ月前から眠りについている黒い土が見えるまでほじくり返し、芽吹くというより凍った土にへばりつくようにして冬を越しているナズナやハコベをこそげるようにして形ばかり摘んで、前掛けにくるんでまた同じ雪の中をざくざくと戻ってくるなり台所口でこう言うのだ。「今年もあった、ちゃあんとあったよー。」
昔は大根も土の中に埋めていた。子供には持ち上げられない大きな黒い鉄のシャベルでもって積もった雪さら土までひっくり返し、大根を掘り出してくるのは父の役目であった。
母が手を真っ赤にしてこの秋漬けたばかりの漬物のまだしゃきしゃきと若い味のものを物置から取り出してくる。ひと時糠と黴の匂いが台所を満たす。
病院の待合で読んだ雑誌によると近頃七草がブームなのだそうだ。
そう言われてみれば、店頭には七草パックなるものが並び、この季節本当なら七草なんて手に入らないはずの北国でもちゃんと七草そろったお粥を食べることができる。
恵方巻きなんていう風習もコンビニの影響なのか近頃では一般的になりつつあるようだし、ここのところ日本古来の風習を面白がる風潮があるようだ。
それはクリスマスやバレンタイン、ハロウィンと同じく日本人の節目好きというかお祭り好きと、逞しい商魂とが結びついた結果だ、といってしまえばそれまでだが、私達は近年忙しさと驕りにちょっと疲れてきていて節目節目にほっと座って休憩する切り株を(たとえそれが俄仕立てのプラスチック製の切り株であっても)欲しているのかもしれないとも思う。
その切り株は四季の移り変わりに依拠した生活といったものかもしれないし、おまじないや占い、縁起といった人知を超えた何ものかであるのかもしれない。ただいずれにせよ、古来の風習をそのまま継承しているわけでは全くなく、その精神も、脈々と受け継がれてきた重さも一旦リセットされ断ち切られた上で、新たに生み出されている俄仕込みの土俗である。形こそ復刻され、より手軽により確実に行えるようになったとしても、それを支えた信仰も精神ももはや失われてしまっているのだ。形ばかりの行事を俄仕込みで流行らせることに意味があろうかと疑問を持ちながらも根強い人気に押され毎年「七草粥祭り」を主催する博物館館長の自問自答の手記を読み、なるほどそういう考えもあったかと思った。
私にとって魂が震えるような正月七日のあの風景も当然古くからこの土地に伝わってきた土俗ではなく、深い雪の中から越冬しているハコベを掘り出す不自然さは、七草パックといずれたがわぬ、旧暦の生活から行事だけをひっぱってきたがゆえの新しい土俗なのであろうし、母から子へ脈々と受け継がれているのはここ3代ばかしの俄仕込みの土俗なのだ。
しかしいったい正当な土俗というものはありうるのか。皇室行事のようにどこかに記され、例年の如く、が重要な意味を持つ世界でなければ、継承されるのは伝統ではなく懐かしさ、あるいはある心情風景なのではないか。継承とは魂の継承に他ならない。
正月行事は年々刻々と変わっていく。(年越しに殴り合いをみるのがトレンドになるとは誰が予想しただろう!)伝わっていくのは形式ではなく、正月という風景。正月という懐かしさ。
普段顔をあわせているものが、お客さんもいないのに急にしゃちほこばっておめかしして姿勢を正してご挨拶する照れくささ。考えてみれば正月とは演技であった。子供は子供の、娘は娘の、親は親の、正月らしい演技をし、そうして互いの役割を確認しあった。おのおのの役割の場所に戻ること、日々の生活の中で便宜によって失われ混乱しつつある秩序を一旦基準に戻すこと。父は父の位置に、子は子の位置に、家族は家族の位置に戻ること。
問題となるのは、だから、しぐさであるのだ。
新暦1月七日に雪国で粥に入れることができたのは、黒い土に這いつくばって越冬する干からびたようなナズナとハコベ。すずな(かぶ)やすずしろ(だいこん)、セリは手に入るが、ごぎょう(ははこぐさ)は食べる習慣がなかったし、たびらこに至っては花の咲いている時期に見分けたって分かりはしない、ニガナをたびらこと思い込んでいたことは近頃調べてはじめて知った。
七種そろわぬ七草ではあったけれど、やはりあれは私にとっての七草粥であった。
七草というしぐさ、それは摘んで食べるというしぐさ。まだ深い雪の下に、確かに息づく命があること、喪に服しているようにじっと縮こまってしばれる冬を過ごすものにとって本当の明けがすぐそこまで来ていることを喜びあうしぐさである。
そしてうまいものの溢れるこの時世にあってわざわざ粥を炊くというしぐさ。災厄渦巻く世界に愛するものを日々送り出す者の、残される者の言葉にならない祈りを、「こんなのまずい」と愚痴を言いつつそれでも子供は口に入れ、血肉とするのだ。
俄仕込みの七草行事を形だけ伝えることへの博物館長の真摯な悩みは、きっとこうして裏切られていく。しぐさの持つ力は、強くはないけれど時間とともに積み重ねられることによってあるべき位置に私達を戻す。しぐさは演技であり、演技は縁起に通ずる。しぐさは祈りである。
だから正月のご挨拶も恵方巻きも七草も、クリスマスもバレンタインも、恥ずかしがることなく皮肉ることなく迎えるのがよい。私達は、ほっと立ち止まる道祖神を、そしてその前に置かれた切り株を求めているのだ。切り株に座るうちに、立ち止まらなければ見えなかったものも見えてくるであろう。
とはいえパック入り七草ではいかにも手軽でつまらない。ハコベやハハコグサを見たことのない子供にとってはよい経験かもしれないけれど、せっかくならば「七草の種」とか「七草の寄せ植え」だともっといい。玄関に置いたプランターで大事に育てて七日に摘んで食べたらきっとおいしい。
あるいはまた三つ葉や牛蒡、大豆など手に入る青菜や根菜や豆を、これをいれようか、そういえば今年はあれがあったと7種あれこれ取り揃えて、家々の味を作るほうが新年にふさわしい行事といえまいか。
そういえば実家では祖母の作る七草には必ずサツマイモが入っていて、母はこんな甘いもの食えやしないとぶつぶつ言っていたが、お粥のそっけなさにどうもなじめない子供にとってはほっこり嬉しい味であった。
【1月7日 昼】
セリと大根、豆、カブ、三つ葉のお粥
とろろ昆布のお吸い物
漬物
え?七種ないじゃんって?
カブと大根の葉を入れて七種よ^^