独りでも生きていけるように手に職をつけなさい――――結婚と同時に勤めていた会社を辞めなければならなかった母の、娘に対する期待とも束縛ともつかぬ至上命令がこれであった。おまけに文系出の後悔なのかコンプレックスなのか、なぜか「手に職」=技術者=理系であり、どうしたって娘を理系に進ませたかったらしい。
一方娘の私はといえば、点数のほとんどを国語だけで稼いでいて、受験科目としての化学とか地学とか生物とか全く興味はなかったし第一センスもなかったし、実際勉強もしなかったから、しゃれにならないくらいの馬鹿ぶりで、理系を選択するなんて思いもよらぬことであった。
高校2年の終わりに理系か文系か進路を選択しなければならなくなった時、それまで薄々は感じつつも互いに気付かぬ振りをしていたこの相違が顕在化し、母娘戦争が勃発した。
「どんな大学、どんな職業を選択してもよいけれど、文学部だけはダメだからね」
娘が中学生の頃、「私の夢」を授業で問われて「壁際に沿って天井まで本が積み上げられた狭いトイレの中に、お番茶と沢庵を持ち込んで、その中で暮らしたい」と記入された娘の字を見たときの恐怖がまざまざと蘇ってきたのであろう。妥協の余地のない厳しい目で母は言った。
娘はおくびにも出さなかったが、母の不安は的中していた。
娘の志望は文学部で、母の危惧どおりその先どんな職業の可能性があるかになんてまるで無頓着であったし、それまで「本ばかり読まずに仕事を手伝え」だの「本を読む暇があったら勉強しろ」だの「本を買うなら小遣いはやらない」だのやんややんや五月蝿く言われていたものが、文学部進学ともなれば本読みが仕事、誰にも邪魔されずにトイレに篭れるとそればかりを考えていたのだ。
膠着状態が続いていた母娘戦争に医学部進学という和解案を提出してくれたのが当時の担任の先生であった。
「精神科医になれば対象は人の心。文系に行くのとかわらないじゃないか。」
理系科目が苦手を理由に文系選択を主張すると思った先生はさらにこう後押しして強調した。「それにね、小論文だけで入れるところだってあるのだしね」
医学部は一応理系と思われていたから、理系であればなんでもよしの母はこの妥協案にとびついた。
だが娘の思惑はなによりも「文学部に行ってトイレに篭って本を読みたい」であったからもちろん同意するはずもない。
折れぬとみた母はなだめすかし作戦に入った。
「そういえば、アンタは昔から優しい子だった」「小さい頃お医者さんになりたいって言っていた(ような気がする)」
<言ってねえよっ「困っている人をみるとほっとけない性格(なような気がする)」
もちろんそんなでまかせを信じるほど娘も馬鹿ではなく、とうとう母は伝家の宝刀を持ち出した。
「おじいちゃんが死ぬ時、「あぶは医者にするからねっ」って約束したんだったよ。そうしたらおじいちゃんは嬉しそうにママの手を握り返して死んだんだよ。」
娘が物心ついた頃には寝たきりになっていた「おじいちゃん」は、娘が小学校にあがってしばらくして天国に召されたのだった。あぶ家で「おじいちゃん」といえば、品格方正、賢く、思いやり深く、社会に尽くしたという神様よりも偉い人だ。神様との約束ではさすがの娘もかなわない。進路は医学部に決まった。
結局小論文だけで入れる医学部などなく受験には化学も物理も必要だったし、娘は精神科医にもならなかった。何の因果か外科医になり、しかもどんな外科よりも数式が多用される心臓外科医を選んだ。じっくり本を読む暇など望むべくもない日々を重ねながら娘は時々首を傾げる。
あの日の朝、小学校に出かけようとした私が、床で冷たくなっている「おじいちゃん」を一人で発見したのではなかったか。母は台所で朝食の後片付けをしていたのだ。いったいいつ「あぶを医者にするからねっ」という劇的なやりとりがありえたのだろうか。
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というわけで【26.○○が私の人生を変えました】、○○の答えは「母のでまかせ」でした。
この歳になってようやく自分の怠惰な性質を考えてみるに、医学部という強制的な職業訓練学校に進学したのでなかったら、理系を選択しようが文系を選択しようが自ら職業を選択して社会生活を営むことなど私には無理でしたでしょうから、この選択を勧めてくれた母と先生に、というより思わぬ出演をしてくれた「おじいちゃん」に感謝するべきなのでしょう。
母はといえば、娘を医師にしてから自分が極端な潔癖症であったことを思い出したようで、血や汚物を浴びながらの娘の仕事にいつも嫌な顔をしていました<おい(笑
緊急手術明けにシャワーも浴びず実家に帰ると、知らぬ間に飛んだ血液が顔やら耳やらについていて、久しぶりに仕事の合間を縫って顔を出した娘の帰省を喜ぶより先に顔をしかめて風呂場行きを命じた母は、作り話のつけを十分払っていると感じていたことでしょう。