近頃、といってもここ2日ほどなんだけど テレビにはまった。
ずいぶん前に別れた恋人の家にはテレビがあって よく一緒にそれを見ていたのだけど
彼と別れてから テレビとはすっかり無縁になってしまっていた。
ああいうものは身近にある時には何の負担も疑問もなく
ただそこにあることを受け入れられるのだけど
一旦離れてしまうと あっという間に近づき方というか接し方を忘れてしまって
職場や友人の家で見かけても 妙に近寄りがたく
オレンジの電源に指をかけることすら 恐ろしく感じてしまうものだ。
テレビというのは部屋のオブジェとしてはまことにいいものであると思うのだけど
(大きくて黒光りしていてしんとしていて何かを期待させる)
いざ電源が入っていると
その騒がしさ、押し付けがましさ、ちかちかした光り具合、電源が切れているときの重厚感とは比べ物にならないちゃっちさ、どれをとっても腹立たしく
かといってそれが消えた後の静かさが恐ろしくて 自分で電源を切ることもできず
結局いたたまれなくなった私がこそこそと部屋を退散するはめになる。
道具のくせに人を追い出すとはまったく憎らしい。
それが3日前から どうしたって医局でデスクワークをし続けなければならないわけがあって
誰かがつけていったテレビを消すこともできず
木曜日の夜 金曜日の夜 そして今日一日中をテレビとともに過ごすこととなった。
デスクワークといってもそれだけに集中して時間を費やすのがもったいないくらいの単純作業で
結局今日に至ってはデスクワークをしつつ テレビを見つつ ブログ巡回をしつつ
全く集中力を欠いた一日を過ごした。
デスクワークがやっと終わりを迎えた夕方ごろには もうどっぷりテレビにはまってしまって
結局リモコンを握り締めテレビの前のソファーまで移動して見入るありさま。
見入る、といっても何かを見ているわけじゃない。
ただ、スイッチを押すたびに画面がちゃっちゃかちゃっちゃか変わっていくのが面白くて
これじゃあまるで猿ですな。
さきほどの一時間で ドラマ2つとニュースとお笑いと芸術紀行みたいなやつと音楽番組の6つの番組を同時に見た。(医局のテレビでは数え切れないほどのチャンネルが見れる)
数分おきにチャンネルを変えるそんな見方でも、ちゃんとドラマのストーリは分かるし泣けるところではちゃんと泣いたし、今週のヒットチャートもちゃんと聞けたし、お笑いはつまらないなりにつまらないと分かったし、うーん、テレビってすごいかも。
電源を切ってこうして数時間ぶりに訪れた静けさの中にいても
細かい振動で体中の細胞が揺さぶられたように
どこか熱っぽい興奮が遠い耳鳴りとともに体のどこかで湧き立っている。
これはすごいおもちゃだな。
当分はもう、近づきたくもないけれど。
というより問題は
ひとつの番組に集中することのできない私の精神状態か。
覚え
私はテレビがついていると、ブログのコメントが書けないことを発見した。
頭の中が騒がしくて、言葉が押し込まれちゃう感じ。
音楽がかかっていても、隣で誰かがしゃべっていても、電話しながらでも、私は文が書けるのだけど、テレビはだめらしい。
慣れていないからだけか?それとも光がだめなのか?
DVDを見ながら文を書くことはできるから、むしろ問題はチャンネルか。
チャンネルを変えることができる、というテレビの特徴が騒がしさの原因だろうか。