生活が破綻した。
冷たい水で固く絞った布巾で流しを拭き上げるようにしてどこか厳しく律し作り上げてきたものも
壊れるとなればあっという間だ。
もはや時間は漫然と他人事のように目前を通り過ぎていくのみで
ぺったりと床に座り込んだままなすすべもなく見送る私は
何も見てはいない。
水槽の水はいつか半分ほどに蒸発し 乾燥に強いヘデラの鉢植えすら勢いを失い
かわりにすでに枯れたバラの鉢からいつの間に伸びた芋科の草が 窓枠を這い上がり部屋をさながらジャングルのように見せている。
家に帰れぬわけではなかったが 帰ったら二度と出て来れない様な気がして
怖くて家に帰れなかった。
実際居れば居ただけ仕事はあるのだ。
ベルトコンベアーに乗せられて途切れることなく運ばれてくる患者を
「こなす」のでなければ立ち行かぬ日々もある。
呑んでもいぬのに二日酔いのような霧が視界に立ち込め
世界はぼんやりと輪郭を失いどこか遠い国の物語を生きるような
感覚の鈍さ。
こうして久しぶりの自由な夜をあてがわれたところで
灯りもつけずに暗がりの中畳に座り込んだまま
寝るために身体を横たえることすら 物憂く
捨てられずに放置されたゴミからいつの間にか孵った蝿がうるさく付きまとうのにまかせ
追いやる気力すら
今は もうない。
いったいここから どうやって這い上がったらよいのだ?
辛いのではない。
辛さも痛さもどんよりと沈む疲労の向こうに霞んでおり
感情の起伏を持つことすら 今はできない。
とにもかくにも ケツをあげることだ。
誰も引き上げてはくれぬし 誰も手を携えてはくれぬ。
帰るまいと思っていたのに帰ってしまった以上
明日は行かねばならぬのだ。
生活は破綻したのではない。
はじめから私に生活は なかったではないか。
ぎりぎりのところで綱渡ってきて 少々よろけたからといって
それがどうした。
とにかく今日は 飯を炊こう。
明日のことは そのあと 考えよう。
【というわけで ひさびさお家ご飯】
お茶漬け
冷奴
なめことミョウガの味噌汁
できなくともよいから、と自分をあやしながら、とりあえず材料を買って帰った。
とりあえず 米を水に浸して 座り込み
さんざ迷ったあげく 薬味を刻み
米を火にかけて 呆然と眺め
それでも現金なもので
土鍋の蓋から白い湯気が吹き出るのを見るうちに
鮭を焼いてなめこを火にかけることができた。
小さく小刻みに身体を揺らして 硬直した時間を少しずつ崩していくように
自分の手に 自分を取り戻していく。
これは私の
私一人の人生で
それは何者にも 明け渡さない。