その面白さが分からないからといって劣等感も焦燥感も抱く必要はないどころか、もともと今流行っていますといった感じで本屋の会計の向かい側に平積みになっている小説の類を手にとって見るなどしないたちだし、たとえ何かの気まぐれで初めの数ページかあるいは飛ばし飛ばしの数節を斜め読みしたところでそれ以上は時間の浪費と決めた途端、もしかしたらこの先、なんていう僅かな期待も素知らぬふりで本を棚に戻す時にはすでにうつろな瞳は次の一冊を物色しているありさまだから、苛苛しながら結局覚えるほどにページを繰りそれのみならずそれが面白くなかったその所以をこうしてわざわざ言葉にしようと躍起になっているのは可笑しいといえば可笑しいのだけど、なぜか他人に本を買い与えるのを趣味としている友人が「あぶ お前 これ 読む」とぶっきらぼうに差し出したのがよりによってこの本で、「アレ最高につまんなかったわよ」と返した私の突込みを鷹揚に笑って受け流したその場所がよりによってスターバックスの喫煙席で、もうとっくにコーヒーを下げてしまったテーブルの上には灰皿がひとつと先客の残した灰がぱらぱらと散っていて、私がこうして週末の最後の時間を誰もいない職場の机でPCに向って面白くない本の面白くない所以をたらたらと書き連ねるという所業にでたのは、なにもその本だからという必然性ではなくその本が置かれた「場所」に促されてのことなのだろう。
というわけで私はある友人からその本をもらい、その本のためにたぶん普段の私にとっては無駄としか言いようのない時間を費やし、その本がつまらなかったと彼に言うことでそのことに対する仕返しを企てたのだが、それを受ける彼の横顔はいつものように軽い微笑を含んでいて疎水性の布に降り注ぐ雨のように私の苛立ちはどこへもいかず当たって床にはらはらと落ち、散らばったそれとテーブルの上の灰はもはや見分けがつかない。
つまらなかったわよと笑って返すなんていうかわいらしい仕返しは実は性には合わないのだけど、泣いてこぶしを振り上げたとしてもやっぱり彼は同じ疎水性の微笑でもって私の怒りを優しくはじくのだろうと、そんなことは分かりすぎるくらい分かっているのだから、間違っても私はこぶしを振り上げたりしないし、第一面白くない本を買い与えられたからといって泣いてこぶしを振り上げるほどのこともあるまい。
とはいえ本が面白かろうと面白くなかろうとスターバックスの喫煙席であろうなかろうと私がしたいのは泣いてこぶしを振り上げることであり、その動機付けがなんであろうとそんなことはどうでもいい。
泣くのに理由はいらない。否、理由はあるのだろう、あるのだろうが、その理由を直視する勇気はもともと私にはないのだし、そもそも直視できたとてそれから逃れられるはずもなく、一旦直視できたかにみえたそれも瞬く間に自己弁護と自己憐憫と自己愛の狭間で手垢にまみれるだけのことなのだから、はじめから見ないふりをして視界の端でちらちらと盗み見るように己の卑怯を味わうのが私にはふさわしい、とすればますます、泣いてこぶしを振り上げたところで振り上げられる相手の困惑だけが、真昼間に寝ぼけておきたカラスがひと時かぅと鳴いたその空にひびく居心地の悪さを宿して妙にしらじらしい二人の距離の真ん中に宙ぶらりんに揺れるのを見るだけのことだ。
口にしないものが増えた分だけ争いは減り、他者とのかかわりの中で消耗するものも減り、ずいぶん利口になったものだと自分をあざ笑うことすら忘れ、代わりに増えたのは喉元を焼く吐き気を飲み下す如く何度も唾をのむその癖で、お陰で私の口の中はいつもぱさぱさに乾いているようだから、口に手を当てなければ笑うことすらできぬのは何も、上品さともったいぶった下品さとを履き違えた白い顔の女に成り下がったからではないのだと、そういう自己弁護すらみっともなく、どうせお前のことなど誰も見ていないのだからおずおずと周りを見わたすそのしぐさをこそ放棄するべきとそう自分に囁くポーズだけは様になりつつあるものの、もちろんそんな囁きを自分自身信じちゃいないのだから、どこまで行ってもポーズはポーズにすぎず、電車の中で化粧をする女よりもまだ性質が悪い。
たぶん私が誰かを求めているとすればそれは、なぜも困惑も同情もなくただ無理解のままに振り上げたこぶしで胸を叩かせて欲しいというだけのことであり、そんな芸当は感情を持たないアンドロイドにしかできぬ技と思いつつかの本を読めば、そこに描写される存在こそ私が求めているアンドロイドである。
極めて幼稚としか言いようのない人物理解、他人への無関心からくる狭い想像力、どこにもcommitせず自分の中で淡々と生き、視界には世界がフィルムのように流れていき、そのフィルムの中では自分すらも風景の一部でしかない。そうした疎外感は誰しも味わうものであろうが、人は疎外感を通じてすら世界とcommitしてしまうものだと私は思う。それが人の哀しさであり、こぶしを振り上げて泣くことの動機付けとはどこまでいっても世界とcommitせずはいられない自分への苛立ちではないか。だからこの彼は泣かない。否、泣くための動機付けを失っている、永久に。そして時折彼は周りを見渡し誰の注目を浴びているかを確認する・・・プログラムされたように正確に、通勤電車の中で昼休みの公園で交差点の人ごみの中で。どこにもいなさそうでどこにでもいるという人物は小説でよく見かけるが、どこにでもいそうで実際はどこにもいない人物・・・だがそれを描くことにどんな意味があるのだろうか。
その本がその場所になかったら、極めつけに人物描写の下手な作家のものとして片付けていたであろうその作品を結局のところ4度も5度も読み返したのは、繰り返すがその本が置かれた「場所」に私がこだわっているからであり、泣けない私が泣くための場所を探しているからなのだと思う。
アンドロイドを探している。私がこぶしを振り上げ涙でその胸をぐしゃぐしゃに濡らし、切り裂き踏み潰すことのできるアンドロイドを探している。なぜも困惑も同情もなく、ただ無理解だけを優しさと勘違いしているアンドロイドを。
そう思って読み返せば、公園に集まる人々の首筋にはチタン性のチャックが光っている。どの登場人物にも顔はなくチャックについた識別番号さえ意味をなさない。二体とも女の人体模型のように取替え可能だ。
「あの、明日も公園に来て下さいね!」
そう叫んだぼくの声に、人々が一斉にこちらへ顔を向けた。人ごみの先に、ちらっと切れ長の目が見えた。一瞬、その首筋にビルの谷間から差し込む太陽の光がきらりと反射し、彼女はそのまま人ごみのなかに姿を消した。(略)まるで自分まで、今、何かを決めたような気がした。足をはずませて歩くぼくの首筋に、チタンのチャックがカチャカチャと小気味よく揺れた。(パーク・ライフ 下線部あぶ改変)
舞台設定を人間社会ではなく22世紀のアンドロイドたちの社会に置き換えるだけで、胸がむかむかするような、深い関係性への蔑視を、希望に満ちたものに変えることができるのではないか。いやむしろこの作品はもともとそう読まれるべく作られたものであるのかもしれない。
続けざまに同じ作家の作品を立ち読みし、つまらないと嘯きながらも私には明らかに掴んでいるものがあった。これはアンドロイドの話であったのだ。一読した後背筋を伝う気味の悪さも、腸をむず痒くする居心地の悪さも、人間の物語として誤読していた所以であったのだと自らの読解力のなさをあざ笑う気にもなる。
これは人間になろうとしたかわいそうなアンドロイドの話であったか。人間の女は彼に近づき彼を利用しこぶしを振り上げ切り裂き、何も言わずに去っていく・・・まるで使い捨てのように。だが彼にはそれが理解できない。彼はいつもひとり残されるが、彼の稚拙な想像力(これはまるでプログラムされているかのようなステレオタイプである)ではその理由は理解できず、あたかも男が女を捨てる物語のように振舞う。この場合残酷なのは彼ではなく女たちである。女たちは人間であるから彼を切り裂く理由があり彼を去る理由もある。そう、いつでも最も残酷なのは人間である。それは私の欲望であり私がこれまでやってきたことかもしれない。
本当は傷ついていないのに傷ついていると嘘をつこうとして、傷ついていない振りをすることができるのは人間だけだ。
だがその嘘も想像力のないアンドロイド相手では成り立たないから、私はもっと単純に傷ついたと泣き叫ぶことができるのに、この物語の中ではなぜか女たちはそれをせず、アンドロイドはただ混乱の中に取り残される。その混乱こそ、彼が人間理解への一歩を踏み出す可能性につながっているのかもしれない。しかしこの小説のすごいところはそんなちゃちな可能性にはつなげず、アンドロイドはアンドロイドのまま彼の想像力の範囲で単調な日常に戻ることだ。彼にどんな可能性も認めないという点で一番残酷なのは作者なのかもしれない。
僕は女が去ったあと母親を車に乗せて保育園の前を通る。そこで母親にかつての女が身内を亡くしたばかりであったと説明させ、女の行動に一応の筋道と決着をつける。
やっぱ吉田○一って、すごいかもしれない。
全ての登場人物から魅力という魅力を完全に取り去った小説なんてあんまり書けないっていう意味で。
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参考は
こちらと
こちら
本気で面白いという方 読み方を教えてください。
というか、この本がどこかのレビューのように「現代日本の都市生活のさりげない日常を写し」ているのなら、背筋が寒くなるような気がします。
でもこれを読んだ友人は本気で面白いと言うので、やっぱりどこかに読解のポイントがあるのだろうと、かなり真剣に読みました。
どこにもありえない非人間を描いているので面白い、そう解釈したのですけれど、どう思われますか?>読んだ方
あ、つか上半分は下半分を書き出すための創作です。
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