トラバでぼけましょう2006・第4回お題
「やった! 遂に完成した。
この発明は人類の歴史を変える!」
・・・え? どんなふうに?
ある朝、女がなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中でうつぶせに寝ているのを発見した。女はそのつんと尖った美しい鼻が自慢であったから、これまで一度としてうつぶせに寝たことはなかったし、万が一にでも枕にその美しい鼻を押し付けることのないように身体をベッドに括りつけて眠るほどの念の入れようであった。ところがその日に限って身体を縛る絹の紐がなぜか解かれ、自慢の鼻を豪華な木の枕に押し当てていたのである。女は慌てて飛び起き、絹の垂布を跳ね上げ鏡を覗いた。ギリシアから取り寄せた繊細な彫りの施してある身の丈ほどの大きな鏡に映ったのは果たして、すっかりひしゃげて平らになってしまった鼻であった。そればかりではない、その丸いてっぺんは長時間硬い枕に押し当てられていたためであろうか、ほんのりとさくらんぼのように紅をさされてことさらにその存在感を主張し、まるで黄金の国に語り継がれるという末摘花の姫のよう。
女は慄然とした。夢ではない。見わたす周囲は、東方細工の豪華なレースに取り囲まれた、自分のいつもの部屋である。四方の壁も見なれたいつもの壁である。テーブルの上には、黄金の国から取り寄せられた珍しい香木が紐をほどいたまま雑然と散らばっている。
女はテーブルの向こうに置かれた時計を見やった。女は慌てた。6時半であった。今日の昼にはこの輝かしい王国を我が物にせんと向かい来る、かの帝国からの侵略者と会わねばならぬ。だがこの鼻では、テーベの神さえ跪くと言われた美貌をもって侵略者を攻略せんという夫との策略は早急に見直さなければならぬ。
とそのとき、ドアをそっとノックする音がした。「王妃よ、わが愛しき姉君にしてわが妻よ。」迫り来る侵略者との攻防にすっかり疲れ果てた妻を気遣う優しげな声は夫であった。女は咄嗟にベールで顔を隠し、薄絹のショールを肩も露わに羽織った寝起きの姿で夫を迎えた。「今日のことが気がかりで寝付けませんでしたの。」夫は眉をひそめ女の脇に来るとそっと肩を抱いた。「この計画を見直さないか。」気弱そうな目を子犬のように濡らして夫は女の顔を覗きこんだ。「僕にはやはり・・耐えられそうもない。いくら王国のためとはいえ、神よりも慕う僕の女神を・・・。」仕舞いまで言えず喉を詰まらせる夫。この王国の危機を前になんと気弱なこと、と女は舌打ちしたい気持ちを抑えて、夫の蒼白い額に優しげな口付けを置く――――ベール越しに。
さめざめと泣く夫を部屋から追い出し女は一人考えた。計画は練り直さなければならぬ。そう、侵略者と会うのは夜、闇にまぎれて。彫りの深い端正な顔立ちの真ん中にでんと居座るこの鼻を侵略者に見られてはならぬ。私は貢物の絨毯に包まり、闇にまぎれ、侵略者の臥所に入り彼を蜜で絡めとるのだ。私の蜜は蜘蛛の巣のように男の身体を縛り、自由を奪い、恍惚のうちに男を抜け殻とするだろう。そう、男に会うのは夜、闇にまぎれて。
ペルシアから取り寄せたという色とりどりの厚い絨毯から、影のようにすばやく華奢な体が飛び出してきたとき侵略者はなす術も無く、我に返ったのは喉元に突きつけられた刃物の冷たさ故であった。ベールを纏ったそれは鈴のように涼やかな声を押し殺し、男の耳元にささやきかけた。「明かりを消すのだ。」男がそろそろと明かりを消した瞬間、次に耳に注ぎ込まれたのは熱い吐息であった。男は熔けた。波が去った後も粘りのある蜜の香りが蜘蛛の糸のように男を縛った。
王国は救われた。だが夫は狂った。嫉妬のあまり女を見張るようになった。ホウズキのように赤く熟れた丸い鼻を隠さねばならぬ女にとってそれは不都合であった。ある日ナイル川で沐浴をしている女を、葡萄の木の陰から夫が覗き見た。沐浴は神に捧げる行為であったから、信心深い夫が禁を破り沐浴の場に現れるなど、女も予測してはいなかった。実際夫は何も見てはいなかった。嫉妬のあまりとはいえ禁を破ることの恐ろしさに身もだえし、這いずってその場を去り神殿で神に許しを請うていたのだ。だが女は自分の鼻を見られたと信じた。決して見られてはならぬと慎重に慎重を重ねていた日々が女の心を曇らせた。女は夫を葬る決心をした。
蜜の味を忘れられずにいた侵略者にとって、その依頼は待ち焦がれた神の福音であった。侵略者はかの王国の国王の血で手を汚す代わりに、王国と女を手に入れた、と思った。実際そうであったのかもしれぬ。男は女を伴って自国に凱旋した。国民は男を英雄として迎え、女を異国からの美しい客として迎えた。夫を亡くした女が祖国を離れ手に入れたのは、恵み多き河の辺の懐かしき祖国の安泰と、侵略者との間の息子であった。
男は辺境に出かけていっては、かつて女の国にもくろんだようにその地を蹂躙するのを何よりの楽しみとしていたから、女にとっては好都合であった。この異国の地において女の鼻を見ようとするものはいなかった。顔に巻かれたベールは遠い南国、太陽と河に祝福されたかの地の変わった風習として受け入れられた。いちごのように丸く赤い女の鼻を知っているのは唯一息子だけであった。
だが安らかな日々は続かなかった。辺境の地で執政官を勤めていた男が蓄えた富と名声を手にとうとう王として名乗りを上げようとしていた。女は苦しんだ。息子の父親の凱旋は喜ぶべきことではあったが、同時にそれは自分の秘密の暴露につながった。ベールを被ったままの女を国民が王妃として許すはずはなかった。そして何より女は、明かりのつけられた寝室でかつての侵略者によってベールが剥がされることを思って身震いした。太陽の国の女はやはりその鼻も太陽のように丸く赤かったと笑いものにされることは、祖国を笑われることに等しかった。女はかつてした苦渋の決断をまた、しなければならないと思った。
新しい王を望まぬ国民をたきつけることは容易かった。殺す気はなかった。ただ男が女の臥所に王として戻ることを阻止すればよかった。だが女との蜜月と国民の歓声を夢見て帰国した男を迎えたのは、独裁者のレッテルときらめく刃であった。
女は祖国に戻った。だが女とその息子を迎えたのは太陽と河に祝福されたかつての豊かな国ではなく、周辺国からの侵略におびえる傾きかけた国であった。人々は貧しく、かつて恵みをもたらしてくれた河の氾濫は、予測不可能な猛り狂う神の怒りでしかなかった。女の祖国は、滅びようとしていた。
女は再び北を見やった。侵略者の国では再び愚かな争いが繰り広げられていた。女は一人の戦士に目をつけた。彼はその勇敢さ故に次の覇者として目されていた。
男はたちまち女に溺れた。女の祖国は保護され、再び活路を見出した。人々の顔には生気が戻り国を救った女を崇めた。だが誰もそのベールに隠された顔を見ることはなかった。
男は臥所で、女がベールを取らぬことを咎めなかった。女がベールを取るときには自ら進んで首を差し出し、女にされるがままに目隠しを受けた。それでも女は、男の手が万が一にでも目隠しを取らぬように、男の手首をきつく縛って男の上に乗った。樫の木で作られた大きな臥所で、女が腰をくゆらす度に、細い絹の紐が男の太い手首にぎしぎしと食い込んだ。男が蜘蛛の巣にその身を委ねる時、男の命を奪うことなど易いことであった。帝国の覇者として、勢力争いの有力者として、幾多の国を踏みにじった侵略者として、その命を狙われる身でありながら、男は臥所で無垢な者のように女に縛られていた。
男は無骨な男であった。いかった肩は山のように大きく岩のような背中には無数の傷があった。女が憎むかの国を守り、受けた傷であった。男は女を、自分の祖国と同じように愛し守ろうとした。結果今度は男が、自分の祖国に追われる身となっていた。だが女は、いつしか男を愛し始めていた。
男にとうとう国からの召喚状が届いた。男は帰らねばならなかった。帰らねば女とその国は、かつて自分の祖国であったあの帝国の餌食となるだろう。男は自分の首と引き換えに、女とその国を守る決意をした。
女は納得していなかった。男が国に帰るのは自分を厭んでのことと思った。かつて女を苦しめた丸く赤い鼻が、猜疑心に苦しむ女の心に頭をもたげた。
恋人の別れの時が来た。男は別れの前にひと目、見たことのない恋人の顔を見たいと望んだ。別れの床で、儀式のように互いの身体を弄り合いながら、火花のように二人の想いが錯綜した。
縛られたに見せた男の手首から絹の紐がするりと外れた。幾多の戦を潜り抜けてきた男にとって容易いことであった。容易いことではあったが男はこれまで一度もその紐を自ら解いたことはなかった。女は裏切られたと思った。男の手が目隠しに伸びるより、女が枕の下に隠した髪飾りを取り出すほうが先であった。だが咄嗟の女の手より戦士の手が遅れるはずがあろうか。無意識に譲ったのは男であった。男の両の目は見開いたまま、女の髪飾りを深々と受け入れた。
失明した男に戦士として生きる道はなかった。男の目を潰した女を祖国が許すはずもなかった。男は女と逃げる決心をした。侵略者の手はすぐそこまで迫っていた。「せめて部下だけは祖国に帰したい」アクティウムの海に自ら率いた艦隊を残し、男は敗者の誹りに甘んじ女を追った。
だが女は男を拒絶した。思えば自分は幾多の男にとって死神であった。夫と、息子の父を殺し、そして今最愛の男の命をも奪おうとしている。侵略者の手はそこまで迫っていた。いずれにせよ自分と自分の祖国を救う手立てはなかった。だが男を救う手立てはあった。女は男を国に帰そうとした。目を奪われた男を国は哀れみをもって迎えるだろう。そしてその哀れみは怒りとなって私を殺してくれるだろう。それが唯一女に残された償いであった。女は自分の裏切りを、男に伝えた。
男は死んだ。絶望のあまり見えぬ目で神殿の奥をさぐり手にした神刀で己の胸を刺してこときれた。太陽の神祭る神殿には赤い絨毯のように男の血が広がり、その上に女のベールがふわりと浮いていたという。
逃げ込んだ薄暗い地下墓地の中で女は毒蛇の入った美しい壺に映る、自分の鼻を見つめた。この鼻さえなければ、あの日の夜うつぶせにさえ寝なければ、夫を殺し、侵略者の妻となり異国に赴き、その彼を殺し、そしてなにより最愛の恋人、無骨なあの人を殺すこともなかったのに。
女は毒蛇を取り出しほっそりとした華奢な両手で蛇の顔を、自分の顔の真正面・・・そう、憎んでも憎みきれない鼻の前に置いた。「私の鼻、ようやくお前は望みどおり私を殺すことができるわ。」蛇は小さなうなり声をあげ唇のように丸く赤い女の鼻に食いつこうとした。蛇の口角からはだらだらと毒液が流れ、先の割れた細い舌がちろちろと揺れた。だがえぐれるほどに小さな女の鼻に牙は愚か、舌さえも届かぬ。蛇はあきらめたように、女の手をすり抜け墓地の中何処へかと消えた。
女はため息をつき墓地の天井をふさぐ戸板を上げた。墓地の外には誰もいなかった。暖かい日差しがさんさんとさしこんでいた。女は太陽を見上げてあの朝からのことを思い返した。考えて見ればこの鼻もそう悪いものではなかった。あの朝以来幾度となく鏡を覗いてはあいも変わらず自分の顔の真ん中に居座るこの鼻を呪ったから、いつの間にかそれはほとんど懐かしさを覚えるほどになっており、以前の自慢の高い鼻を思い出そうとしてもそれは不可能であった。この鼻がなかったら、わが祖国はどうなっていたであろうか。初めの夫、あの愚かな王とともに滅ぼされていたやも知れぬ。あるいはあの侵略者の国はどうなっていたであろうか。私が殺した二人の男のどちらかが覇者になっていたのであろうか。女は笑って首を振った。一人の女の鼻の高さで歴史が変わるほど、人間は愚かではあるまい。そして私の運命もまた、この鼻によっては何も変わらなかったはずなのだ。
女は先に逃がした息子を思った。逃亡の日々にもかかわらず、逞しい男に成長した息子はかつての侵略者の面影を映し、力強い生命力に満ち溢れていた。そろそろあの息子にも手ごろな姫を探してやらねばなるまい。
穴を出る時が来た。女は立ち上がって美しい手足をぐっと伸ばした。その時、女は右の乳房に甘く鋭い痛みを覚えた。咄嗟に女はさっき闇に逃げた毒蛇を思い出した。しかしそれも間もなくのことであった。すぐに闇が、訪れた。
第4回トラバでボケましょう
すみません。止まらなくなりました。
え?発明? 手っ取り早く歴史を変えるには、あの人の鼻を低くするのが一番!って思ったんだけどね。
歴史ってなかなか変わらないのよね~。別の人を
変身させた方がよかったかしら?
■□■□■□■【トラバでボケましょうテンプレ】■□■□■□■□■
【ルール】
お題の記事に対してトラックバックしてボケて下さい。
審査は1つのお題に対し33トラバつく、もしくはお題投稿から48時間後に
お題を出した人が独断で判断しチャンピオン(大賞)を決めます。
チャンピオンになった人は発表の記事にトラバして次のお題を投稿します。
1つのお題に対しては1人1トラバ(1ネタ)、
同一人物が複数のブログで1つのお題に同時参加するのは不可とします。
企画終了条件は
全10回終了後、もしくは企画者が終了宣言をした時です。
参加条件は特にないのでじゃんじゃんトラバをしてボケまくって下さい。
※誰でも参加出来るようにこのテンプレを記事の最後にコピペして下さい。
企画元 毎日が送りバント http://earll73.exblog.jp/
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参考は
こちら
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