お盆が来たら、もう夏も終わり。
日中は30度に届く日もまだまだあるのだろうけれど、それでもスーパーにお供えの菓子や菊の花が並ぶのを見ると、暑さもあと僅かといとおしくすら感じられる。
お盆のご馳走は天婦羅と素麺。
茄子の糠漬けやら胡瓜の浅漬けやら、田舎らしく大どんぶりにどさっと盛って、めったに出さない塗り箸を添えて、仏間の隣のお座敷に運ぶ。
お座敷には黒々とした大きな座卓、きゅっと絞った台布巾で音を立てて拭くと、塗りの匂いがぷんとした。
井草のお座布団、ひとつふたつ数えながらひいていく。
「おじちゃん、おばちゃん、下のおばちゃん・・・えっと、ねえ、お座布団足りないよ?」
「あんたたちはいいでしょう。子供は座布団なし。」
台所から響く母さんの声、立ち働く女たちの笑い声。
父さんは縁側で、おじさんたちと掘り出した木の根っこを磨いている。
(土だらけのあれも、磨けばこの机みたいに黒く光るんだろうか?)
座敷の真ん中に宝物のようにどっしりとおかれた座卓のくねった脚は遠い国の蔓草の彫りで、寝っころがってその下にもぐり見事なその彫を撫でるのが、小夜子の一人遊びだった。
あぶら蝉が鳴いている。
(本当はヒグラシの方がいいのに)
座卓に父さんたちのビールを並べながら小夜子は思う。
(とはいえ素麺にはやっぱりあぶら蝉なんだろうし、どっちにしたって・・)
どっちにしたって、そこまで思ったところで、コップを並べる小夜子の手が一瞬止まる。
手をつけていない宿題を思い出して憂鬱になったのだ。
どっちにしたって夏休みは終わり、そう続きそうなフレーズをしっかり飲み込んで、小夜子はわざと乱暴に残りのコップを座卓に置く。
(どっちにしたって、庭に打ち水をする頃にはどこからともなくあの寂しげな声が響いてくるんだ。)
わざとらしく言い直した新しいフレーズだって、座敷の濡れ縁を一歩でたら痛いほどに照りつける日差しや、庭の端に見える土蔵の白い壁に映える向日葵の黄色には不似合いで、さっきどたばたとプールから帰ってきて扇風機に顔をつけて、「あ゛―」って言っているいとこや嬉しそうにビールを注ぎあうおじたちの汗のにじんだシャツが、小夜子にはいつか見た夢のように思えてしまう。
やっぱりお盆が過ぎたらもう秋なんだ、そんな風に改めて思って小夜子は、お盆を返しに来たふりをして、台所に立つ母さんの背中に顔をつけて汗の匂いを嗅いだ。
「小夜子、暑いからやめなさい。ほら素麺ができるから持っていって。」
「小夜子ちゃんは偉いわねぇ。いっつもこんなにお手伝いするの。」
太ったおばさんが素麺をガラスの器に盛り付けながら言う。
「まったくうちのばかどもときたら・・。」
これは聞こえないふり。
“ばかども”二人は扇風機に飽きて、ゲームボーイに夢中になっている。
小夜子は別に箱入り娘でも、がり勉でもなかったけれど、でもゲームボーイを買ってもらえるほど“ふつう”でもなかったから、せっかくいとこたちが持ち込んだ新しいチャンスに手を出すこともできず、彼らが嬉々として夢中になっているその脇を、盆を抱えて台所と座敷を行ったりきたりする他、術がなかった。
その自分の情けなさを、小夜子は両親の、というより、この家の黒く重い座卓や、床の間の柱や、かび臭く湿った土蔵の空気のせいだと思っていた。
この家の外にはもっと広く、明るく、軽くそして安い世界があるはずだった。
それはゲームボーイであったり、友達との買い食いであったり、あるいは好きな人の下駄箱に放り込む手紙の丸文字であったりするのだけど、そういった物事を小夜子はこの家の敷地外のものとして、両親が思うよりよっぽど明確に区別していた。
だからお盆は、小夜子にとって一年のうちで唯一、敷地外の明るい物事が交流の許される身内としてこの屋敷に流れ込み、ここの澱んだかび臭い空気をこころなしか薄めてくれる、そんな祭りの日であるのかもしれなかった。
「さあ、あんたたちは縁側で、こっちを食べなさい。種は庭よ。汚さないでね。」
ざくざくと大切りの西瓜がまな板ごと運ばれてくる。
さっきまで裏の井戸で冷やしていたのに、いつの間に父さんが引き上げたのだろうか。
数杯のビールで真っ赤になっている父を小夜子は振り返る。
おじさんに頂いたお土産の西瓜は今年はあんまり立派で重くて、こんなの井戸に下ろしたら引き上げられないよ、大丈夫?って、ささやいた小夜子に母さんが笑って、大丈夫よ、上げるの父さんだから、なんて答えたのが今朝。
父さんも母さんも時々、心配性の小夜子を笑い飛ばすような魔法をする。
「ほら、縁側に種を落とさないの。庭に吹きなさい、こう。」
いとこはTシャツを汁でべちょべちょにして西瓜にかぶりついている。
「わぁ、お姉ちゃん、すごい。」
「種をね、唇までもってくるの。こうやって。ほら。」
「すごーい。ねえ、あの木にぶつけられる?」
「まってね・・・ほら。」
「うわぁ。」
「ねえ、お姉ちゃん、種の飛ばしっこしよーよ。」
「いいよっ」
「僕もやるぅっ」
「おっしゃ」
「そしたらさ、そのあとさ、お姉ちゃん、ゲームボーイやる?」
「・・・うん」
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-2167863"
hx-vals='{"url":"https:\/\/absinth.exblog.jp\/2167863\/","__csrf_value":"28b81a0f01972dd0c14aa89107eee9b9d64983c80c9f7fe9282530f507198349102de318feb25bf881406c820047ba46510513fb32713e557b982cd297729c86"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">