予定通り深酒をして 店を出たのは3時だった。
明日起きなくっていいんだぁ。
目覚ましがOFFになっていることを念入りに確認して ベッドにもぐる。
血液すべてがアルコールに置きかわってしまったかのような 寝苦しさの中で
いくつもの浅い 夢をみた。
どの夢の中でも 私は言葉を 書いていた。
書いた言葉は次々と消えてゆき それでも私は 言葉を書き続けていた。
わけのわからない漠然とした不安が 私を掻き立て どの夢も薄い紫色をまとっていた。
ばあちゃんの次の行き先が決まっていないということ。
受け持ちの患者さんの転院先が決まっていないということ。
誰それの手術日を変更しなきゃいけないということ。
最期に母さんに買ってもらったガジュマルの植木が枯れそうだということ。
ガス代をまた振込み忘れたということ。
父さんがいくら言っても病院に行かないこと。
書きかけの論文がちっとも仕上がらないということ。
やらなきゃいけないこと 考えなきゃいけないことは山ほどあって
それなのに 私は 書いても書いても消えていく 希薄な言葉を書き続けていて
何も成して いない。
そんな 夢を みていた。
目が覚めたのは 9時ごろで 洗濯と掃除をして 施設にばあちゃんの面会に行く。
私の顔を見ると 一瞬うれしそうな顔をするくせに
私の短く切った髪が気に入らないらしく 恥ずかしいから早く帰れという。
切ってからだいぶたつのに まだ 慣れないんだ。
めったに来れないのだからと半ば強引に 外出に連れ出す。
デパートに行き 服を買った。
もともと服の趣味のおかしな人だったけれど 呆けてこのかた ますますおかしな趣味で
まあ それでも 本人がよければいいかと ねだられるままに
ふりふりレースのピンクのTシャツを買う。
身内だと思うと恥ずかしいけど 他人だと思ってみれば
フリルのレースも結構似合って かわいらしい。
私の趣味だと思わないでね 施設職員のみなさま^^
ぼけぼけのばあちゃんは 店員さんでもお客さんでも 誰彼かまわず話しかけるし
呆けてるんだからしょうがないよねーって 私も開き直って 一緒にぼけぼけなもんだから
変わった娘が 変わったばあさんの手を引いて ぼけぼけ親子の珍道中になってしまった。
ああ 楽しかった。
その足で 実家に寄る。
父は 突然来られたって何も食うもの用意してないぞ とぶつぶつ文句を言いながらも
焼酎を注ぎ つまみを並べる。
新生姜の甘酢漬け
きゅうりのかび漬け
さっき採ったとうもろこし
温泉卵
「温度計 買った から」
「???」
「卵」
どうやら父は 安定した温泉卵を得るために 温度計を購入したらしい。
先日 妹が婚約者を連れて来たとき 温泉卵がゆで卵になってしまったのが よっぽど悔しかったのね。
「で 何度なの」
「68℃」
「ふーん」
「いや 人に聞いたんだけど」
人って ああ 行きつけの店の大将でしょう。
父と幼馴染のその人は 私のことを お嬢 って呼ぶんだ。
お嬢 たまには帰っておいで。
お嬢 親父さんと一緒に またおいでよ。
ぶりかま サービスしとくからさ。 お嬢。
お嬢 お嬢 って呼ばれるたびに 照れくさいやらこそばゆいやら
勧められるままに杯を重ね
大抵は ぐでんぐでんになって 店を出るんだ。
ばあちゃんや母さんがいれば 眉をひそめるところだろうけど
どちらも もう家にいないから
思う存分呑めるよね パパ。
鼻歌交じりに 夜空を見上げる。
いくつもいくつも いくつもの夜を こうやって 呑んで過ごそう。