地図描けますか?
「あのね うちの部長ったらね わたしが この前 こうしたら だめだって怒ったくせに
今日は全然逆のこといっててね それを指摘したら 逆上してね・・・・」
彼に 愚痴る。
そうしたら 彼は ひとこと 冷静に
「世の中って そういうものだよ」
ああ もう!
それは 慰めてるのか? 正しき意見で 私をどこかに導いているつもりなのか?
こういう 発言をする人を 私は
<地図が 読み描き できる タイプ>
って 分類している。
当然 もうひとつのタイプは <地図が 読み描き 出来ないタイプ> だが
これには
ナビをする時 地図を進行方向に向けてぐるぐる回したり
地図を描くと 目的地が 紙を はみだしちゃう タイプ が含まれる。
そもそも <地図が 読み描き できる>ためには
自分の視点は 二次元の紙の はるか 上空に なくてはならず
こういう人は 自分自身をも 駒のように 北を上に固定された地図の上に 配置し
そこから南へ 100m
さらに 東へ 200m と
擬似空間の中に 客体化された自分を 置くことができるのだ。
だから 上司の理不尽さへの 私の 怒りだって
「世の中」という 地図の上に 配置してしまう。
でも 私は 逆。
怒りは それが どんなに ありふれたものであっても
それ一つ一つの経験は 私固有のものであり
どっぷりと浸かった 自分自身からしか 出発できない。
地図を読むときも 同じだ。
あくまで 視点は
今 ここ わたし 自身 からしか 出発しない。
北向きから 右折したとき
私が東を向くのではなく
東が 私の前方にくる のだ。
地図を描こうとしても
北に100m さらに西に200m 山を迂回して ではなく
まっすぐ歩いて 白い壁を左折して またちょっと歩くと ぐにょぐにょした道になって
それを過ぎると 山道になって・・・
こんなふうに描いていったら
模造紙でも おさまりきれない。
世界の中の 自分の位置が見えず
いつも 「世界の中心で 愛を 叫んで」いるのだ。
100inner-peace さんによれば
男濃度 と 女濃度 の違いということに なるのだろうか。
男と女の笑って理解するしか仕方のない話
確かに私の まわりの人間では
配置型 の人は 男が多く
「愛を叫ぶ」型の人は 女に多いような 気がしていた。
だが ブログを見て回ると 面白いことに
むしろ 逆の 分布が 多いようにも 思う。
男女の違いがあるかどうかは別として
皆様のコメントを読みながら
その人が 地図をぐるぐるまわしている様を 想像して ひとり にやにや したり
一枚の紙に 自分の町の地図を スマートに 書き綴るその人を思って どきどき したり
してるんです。
そのうち
○○ さん 地図読むの 得意でしょ?
なんていう コメント 入れるかも しれません。