その日に限って IDカードを忘れて外勤に出た。
その日に限って 外勤先の手術が長引き 病院に戻ったのは夜中過ぎだった。
その日に限って家の鍵を 病院の机に忘れてきており
どうしたって病院に寄らないわけにはいかなかった。
そしてこれまた その日に限って 施錠後に忍び込むいつもの裏口まで戸締りがしてあった。
もう春も近いというのに 外気温は氷点下で 雪もちらほら舞っており
5分歩いて 当直のおじさんのいる救急口まで回るなんて まっぴらごめん だったのだ。
国立大学特有の 埃だらけの錆付いた窓を
がたぴし試しながら 忍び込めるすき間を探した。
凍える手に息を吹きかけながら 歩き回ること10分、
小児科医局の脇の トイレの窓が半分欠けているのを見つけた。
ガラスで切らないように用心深く そっと手を差し込み
果たして 窓は なんなく開いた。
だが問題は どうやって窓に取り付くか だった。
私の立つ地面と 窓との間には あろうことか1mほどの棚が取り付けられており
棚の天井を覆うトタンは 幾年月かの風雨に晒され 錆付きそして腐っていた。
腐ったトタンを避けて 慎重に骨組みの鉄枠に足をかけ 棚に上った。
もともと身軽な私のこと こんなことはなんでもない。
だが その日に限って おろしたての白いコートを羽織っていたのは 運命なのか。
錆付いたトイレの窓枠の汚れに 気を取られた それだけのことだった。
問題は 棚と思っていたそれが 地面の上に据えつけられたものではなく
地下一階の出口の 屋根だったことだ。
バランスを失った片足は 腐ったトタンに大穴を開けて
私は 一階のトイレの窓にぶら下がるはめになった。
地下一階の天上から 病院に入れたのだから 目的を果たしたと言えば果たしたのかな。