実はとても照れ屋なので
こういうとき素直にありがとうが言えないabsinthです。
こんばんわ。
インタビューに答えるために(だってインタビューの中には「はじめた当初と変わってきたこと、その理由も」なんて質問もあったのです)過去記事をひととおり読み返しました。
頂いたコメントも読み返しました。
それで思ったのですけどね、
ブログ管理人としては 喜んでいいやらそれともがっかりするべきなのか
このブログの読みどころは
記事じゃなくてコメント欄なんですね。 <きっぱり。
このブログは日記の延長として始まったもので だからその記事はそのときそのときの私の思いを映し出しているはずなのに 記事を読んだところで当時の思いなんてちっとも思い出しやしません。
でも 頂いたコメントを読み返すと 不思議なくらいまざまざとその日その日の自分の思いが蘇ってきます。
血の滴るような言葉も さりげない挨拶も 通りすがりに置いて行って下さる一言も
その一字一句が 垂れ流しのような私の言葉に魂を吹き込み意味あるものとして生き返らせていく息吹のように感じられます。
たぶん言葉は ただそれだけでは死んだままで
それが誰かに伝わり 受け取り手の中で変性し投げ返されることではじめて 読むに値する命を持ちうるのだと思います。
もしこのブログが読むに値するものであるならば
あるいは読者の方々に なにか一つでも訴えかけるものを持っているのならば
それは
そういう 言葉の生き返りの過程を生で見ることができるからなのではないか そんなふうに思いました。
だからここは 私だけの場所ではなくて
ここに訪れてくださるあなたの場所でもあり
私の言葉は あなたによって補完され生かされるべく 吐かれたものであるのだと
そう堂々と言えることを とてもうれしく思います。
ありがとう。
追伸:
エキサイトブログ編集部のみなさま
このブログを見つけていただきありがとうございました。
私はここエキサイトが大好きです。
これからもよろしくお願いいたします。