裏江場中祭に参加してみる。
snowdrop99さんのプロット 頂いちゃいました。
心臓は氷の室 あるいは 氷姫より。
一体誰がはじめた実験だったのだろうか。
今はもう忘れ去られた研究棟の地下2階に その人はいた。
いや その人は という表現は語弊があるのかもしれない。
正確には それは と呼ぶべきなのだろう。
だが私にとっては やはり その人 としか言いようがないのだ。
その人は 暗い研究室に置かれた 30㎝ほどの立方体のガラスの箱の中にあった。
彼女を囲むガラスはすでにそこを過ぎていった幾多の時間によってすりガラスのように曇っており
その中を満たす厚い白く濁った氷が さらに幾重にも彼女を包み 彼女の存在を時間の外に固定していた。
厚い氷の中で しかし かつてこの世に五体を留めていた時のように 彼女は静かに生き続けていた。
その人がなぜ そのような姿となって 生き続けているのか 生き続けなければならなかったのか 伝えられた神話以外に真実など誰も知らない。
―――――彼女は 肉体の殆どを失っていた。
唯一彼女に残されていたのは 脈打つ心臓だけであった。
それにつながる大静脈や肺動静脈は丁寧に結紮切離されていたが 大動脈だけは なぜか 根元からちぎられていた。
拍出すべき血液はとうに失われ 彼女が脈打とうとも ちぎられた大動脈から送り出される何ものもありはしなかったが
それでも 彼女は ゆっくりと脈打ち続けていた。
忘れ去られた地下室で その人はひとり 脈打っていた。
彼女は 死を 望んでいたのだろうか。
今となっては それすら 私にはわからない。
ただ 私が知っていたのは 我々生者の想像を絶する長い時を 彼女は氷に埋められ ひとり生かされてきた ということだけだった。
その地下室の鍵を私に渡したのは 老いた研究者であった。
約束を守ることを条件に その研究室の全権を譲ろう そう言い出したのだった。
古ぼけた研究室に立ち入る権利なぞ なんの価値があろうか。
そう笑い飛ばした私の目を その老人は土色の瞳で覗き込み 必ずお前はあそこに入るだろう そう預言した。
どんな理由が生じたのかはとうに忘れたが 結局のところ わたしはその地下室の鍵を受けとった。
その人を包む厚い氷を 何があろうとも溶かさぬこと 彼女をその眠りから覚まさぬこと 約束はそれだけであった。
彼女が見ている夢を破ってはならぬ。
老研究者は言った。
お前は生涯をかけて 彼女の眠りを護らねばならぬ。 お前自身の為にだ。
脅されなくてもその心配はないと思われた。
ちぎり取られた氷漬けの心臓が生きる地下室に 誰がわざわざ足を向けようか。
訪れることがなければ その眠りを破ることもあるまい。
そう言って 私は笑った。
なぜか 老人は 笑わなかった。
手に入れれば使ってみたくなるものだ。
古ぼけたその鍵を持って 私が地下室に向かったのはそれからしばらくしてのことだった。
錆付いた鍵はなかなか回らず 私は凍えた手に何度も息を吹きかけねばならなかった。
何度目かのチャレンジで扉がようやく開いたとき 私はうかつにもその中で生き続けているものについて 失念していたのだ。
付く筈もないと思われた蛍光灯がぶーんと鈍い音をたててその部屋を照らし出し
私は無防備な安堵感とともに心の準備を逸したまま 彼女と向かい合うことになった。
その人は・・彼女は美しかった。
無残な大動脈の断端、静脈を縛る黄色く変色した結紮糸、失血により白く透明に透ける心房 にもかかわらず 彼女の美しさは 私を圧倒した。
いかなる時の流れも超越し生きながらに化石となった古代の女神を前に 身を切るような冷たい地下室の湿った空気の中で 錆臭い両手も 蜘蛛の巣を被った頭も忘れ 私は立ち尽くした。
彼女の美しさを どのように写し取るべきだろうか。
それは 美を言祝ぎ美を崇めるどんな言葉をも 超越していた。
表面を網の目のように走る動静脈は光沢をもってつやつやと輝き
螺旋を描いて収縮する筋肉は 期待される沈黙を裏切り続けるその規則的な運動にも関わらず 大理石のように冷たく それが生きた細胞によって構築されているのだという安易な認識を 頑なに拒絶しているかのようであった。
人目をはばかり町が寝静まるのを待って 私は彼女のもとへと通いつめた。
凍れる地下室で白い息を吐きながら 彼女を包む厚い氷をかき抱き 彼女が一人過ごした幾千年を想った。
彼女に触れることすらできないということが この恋を一層狂おしいものにした。
時は瞬く間に過ぎていった。
私と彼女を隔てるものが彼女を包む氷だけでなく 互いの住まう時の流れの差異であることにいつしか気づき 私は絶望で胸をかきむしった。
どこまでいっても 彼女には手が届かず 涙にくれた熱い接吻を押し当てたまま朝を迎える その場所の氷がわずかに溶け なだらかな凹みを作った事だけが 唯一 彼女に残せた私の痕跡であった。
彼女と過ごす夜を待って夢うつつに時を流す私にとって 日没の始めの一光りが 世界の始まりであった。
赤く赤く赤い夕日は 彼女が失った血を思わせた。
そしてまた同時にそれは どこか遠くで流されている血を思わせた。
世界には相変わらず憎しみが溢れ 恐怖と諦めが雲のように世界を包んでいた。
愚かな人間のやりとりを 私はガラスの向こうの出来事のように呆然と眺めていた。
私の流す涙は すべて彼女の為であった。
すべての感情が 彼女の為にのみあった。
その老研究者が わたしを訪れたのは いつものように世界が燃える ある夕暮れであった。
無表情に彼を招き入れた私に 老人は問うた。
分からんのか。
世界が崩れ始めているのが。
世界を支える厚い氷が溶け始めているのじゃ。
老人の土色の瞳は夕日を映して 赤く燃えていた。
お前がそうするであろうと わしが読めなかったとは言わん。
にもかかわらず お前に鍵を託したのは わしもそれを望んでいたからなのか。
独り言のように呟き 椅子に崩れこむと しばしの沈黙の後 ため息とともに彼は語り始めた。
我々の存在がどこにあるのか お前はまだ気づかんのか。
彼女が 何のために 夢を見続けているのか 夢見を強いられているのか 知らんとは言わせん。
彼女は夢見の巫女の生き残りじゃ。 生き残り という言い方があっていればだがな。
彼女たちの覚醒と眠りの繰り返しに 儚い生を営んでいた我々の祖先がある時 彼女たちの一人を永遠の眠りにつけることを思いついた。
保存のきかぬ部分を廃棄し 残されたそれを厚い氷に包み 永久の眠りにつけたのじゃ。
彼女の覚醒による消滅から免れることになった我々の世界は 強大化し いつしか自分たちがたった一人の女性の夢の中の住人であることを忘れた。
その記憶はあの部屋の鍵を託されたわずかな者によってのみ受け継がれてきたのじゃ。
氷を溶かし 彼女の夢を破ることが何を意味するか これで分かったろう。
この世界も わしも お前も 彼女の夢の中の出来事にすぎんのじゃ。
すべては儚い夢にすぎん。
お前が氷を溶かしあの人を永遠の悪夢から救ったところで どうにもならん。
切り取られた一臓器にすぎない彼女が あの氷から出ることは すなわち彼女の腐敗を 彼女の死を意味するのだから。
そんな話しを今更聞いて 一体どうしろというのだろう。
私の気持ちはもう決まっているというのに。
私を呼び寄せたのは 彼女だ。
例えそれが彼女の死を意味しようとも 例えそれがこの世界の消滅を意味しようとも
彼女を幾千年の悪夢から開放してやることだけが 私にできることなのだ。
悪夢そのものであるような我々のこの世界 我々のこの存在が いかに儚いものであろうとも
私が彼女を確かに愛したというその記憶は 時と存在を超えた遥か彼方 漆黒の闇に刻みこまれ いつか現実の大地から空を見上げる者に語りかけるだろう。
小さなライターを握り締め 私は彼女の待つ地下室へと 吸い寄せられるように歩き始めた。
☆★☆ ☆★☆ ☆★☆ 裏江場祭 テンプレ ☆★☆ ☆★☆ ☆★☆
文豪とはちがう目線・感性で、あなたも激短小説家!!
プロット読んでかき揚げ丼、ドンドン丼ぶりおいしいな♪
トラバ先:
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江場中祭実行委員会:ダーサ(善哉)の館
〆切: 12月12日まで。
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苦情は めめんさんに お願いしますね。
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