これは そもそも理系/文系という区分って何? というところから始まった一連のやりとりの1節です。
理系/文系 (1)から順にお読み下さい。
ここでやっと 振り出しに戻ろうと思います。
全体の流れからいったら 余談の部類なんですけどw
じゃあ 医療って理系なの? 文系なの?
さあ どちらでしょう。
医療で要求されるのは 理系的能力でしょうか 文系的能力でしょうか。
もちろん両方なんでしょうが ここではまず 医療の分野で要求される文系的能力について 考えてみたいと思います。
「癌」 という言葉があります。 定義は 「上皮性悪性新生物」。
つまり 上皮(皮膚とか粘膜とか)から発生した できもの で 悪性のもの。
よく 骨の癌 とか 脂肪の癌 といった言い方もされますが あれは定義から言えば 間違いになります。
骨も脂肪も 上皮 ではありませんからね。
上皮以外の成分から発生した できもの で 悪性のものは 肉腫 と呼ばれます。
(骨肉腫 脂肪肉腫 となるわけです)
じゃあ 悪性って何? できものって何?
これもまた大変難しい話になり 例外のない明確な定義を申し上げることはできないほどです。
病理組織からみた悪性度 増殖速度からみた悪性度 予後からみた悪性度
それぞれ違います。
また身体の上に見られる様々なでっぱりも どこまでができものでどこまでがただのでっぱりなのか これも顕微鏡をひっぱりださなくては 線を引けないことだって あるのです。
こうやって考えていくと 「癌」の正確な定義は 不可能なんじゃないか そんなふうにすら思えてきます。
その定義を突き詰め 注釈に注釈を重ねて 正確な議論はなされるべきです。
(これを
理系的思考 とひとまず呼ぶことにしましたっけ)
ところがその一方で 私たちは 「癌」がなんであるかを知っています。
「癌」という言葉が私たちの中に引き起こす 圧倒的な恐怖感が それを物語っています。
このレベルでは 骨の癌 という使い方も 決して間違いではありません。
間違いでないどころか 至極的を得た言葉であるといえるでしょう。
一方で 癌と名前がついていても 生命予後にほとんど影響を及ぼさないものもあり
そういった疾患では 癌という言葉の(定義ではなく)性質を考えると 間違ったとまでは言わないものの 適切な使い方ではないといえます。
そういう意味では malignancy という言葉の方が 医師の間では汎用性の高い言葉といえるかもしれません。
malignancy・・・・・・悪いもの という意味です。
癌も肉腫も あるいは場合によっては できものではないその他の疾患でも
生命予後に重大な影響を及ぼしうる疾患 を こう指すことがあります。
どの疾患がこう呼ばれうるものなのか その明確な線引きはできません。
でも それによって指し示される 「あるもの」が確かにあり 我々医師はそれを共有しています。(もちろん個人によって微妙な違いはありますけどね)
そして (ここからが重要なのですが)
malignancyを有する患者さんと そうでない患者さんの 今後の長期的な加療方針 には
ほんのちょっとの 差異が加えられます。
加療方針 といっても 薬や手術といったものだけではありません。
その方が今後の人生をどこでどんな風に過ごしていくのか
その方の人生に医師や医療が どの程度どんな風に関わっていくべきなのか についての思考 といってもいいかもしれません。
よく言われるような 疾患と戦うのか/あきらめるのか、 急性期病院かターミナルケアか、 西洋医学か代替医療なのか、そんな単純な二者択一など存在しないのです。
そのさじ加減がどの程度のものであるのか それは全く個人個人により違いますし
その医師個人の哲学や生き方に関わってきますので
言葉にしたり教えたりするものでもありませんし ましてやマニュアルなどというものは存在しません。
malignancyであろうとそうでなかろうと病気は病気、同じことだよ そういう医師もいます。
それもまた真です。
しかし malignancy この言葉の意味するところ その重みを 肌で感じることのできない人間は 医師には向いていない といえるかもしれません。
人間誰だって 明日には死ぬかもしれないんだし
今日健康だからって 明日健康とは限らない。
目の前にいる患者さんより 今健康だと信じている私の方が長く生きる保障なんてどこにもない。
にもかかわらず malignancy という言葉が確かに伝える 何ものか が確かにあります。
5年生存率何%といった形で 統計上の数字をいくら並べてみたところで
目の前のその方のこれからを保障することはできません。
malignancy 万感の思いを込めて この言葉を交わします。
この言葉の裏に どれだけの意味と人生を読み込むことができるか
それは医師として要求される能力の 確かにひとつであります。