記憶
登場人物は二人の女。
舞台は初め 左右に区切られている。
左右に椅子がひとつずつと中央には一台のPC。舞台装置はそれだけだ。
左の女の名は 安田麻希子。
時間は9月19日。
6日後の9月25日の夜 恋人早坂由紀夫の居眠り運転による事故で 意識不明のまま病院に収容されることになっている。
右の女の名は 影浦安武 警視庁捜査1課。
時間は10月3日。
早坂・安田両名の居眠り事故の真相を追い PCの前にたどり着く。
2週間ずれた両者の時は ひとつのブログを軸につながり 物語が始まる。
幕が上がる。PCの電源が入る。
女二人はまだ動かない。静止した暗い空間でPCだけが光りを帯び ひとつのサイトを映し出している。
サイト名は「記憶」。死亡した早坂由起夫のブログである。
PC「9月13日 かくして物語りは終わった。僕はこの切ない恋物語を 誰に聞かせるともなくPCの向こうにいるあなたに向かって一人ごちできた。さあ もう終わりにしよう。僕は歩きはじめる。彼女とともに新しい一歩を歩み始める。ひとつの物語が終わり 別のまた新しい物語が今 始まろうとしている。」
左の女 安田 熱心にPCを覗きこんでいるが 読み終わると放心したように立ちあがる。
安田「終わった。物語が終わったわ。おめでとう。あなたはその人との恋を成就させるのね。いいの…私にはわかっている。二人の時間がどんどん減ってきていたのも 電話の向こうのあなたがどこか物思いに沈んでいるのも 全部このブログのせい。
あなたは隠していたけれど 1ヶ月前たまたまこのサイトにたどりついてしまったのよ。悲しかったわあ。でもうらやましかった。悔しいけどうらやましかった。うらやましいと思うことも悔しかった。
あなたの物語はあまりにも切なくて美しくて 私には入りこめない…分かっているわ。
ごめんなさい。でもあたしね あなたから直接打ち明けてほしかった。こんな形で知りたくはなかった。
あなたが好きよ。こんなにも優しい瞳 こんなにも優しい言葉を あなたは持っている…でもそれを向けているのは私じゃない。
こんな素敵な小説だもの、きっと編集者の目に止まるわ。そしてきっとあなたの夢どおり あなたは小説家になる。私から離れて あなたはあなたの道を歩き出すのね。
ごめんね。だれにも渡したくないの あなたを。」
しばらく俯き肩を震わせているが やがて決心したように 睡眠剤の箱をバックにしのばせ、退場。
右の女 影浦 足を組んで椅子に腰掛け 電話をかけている。
苛苛するように 時々手に持ったボールペンを回している。
影浦「ああ 真田?私。うん 事件のほうはたいした進展はないわ。あえて言えば 安田が睡眠剤を常用していたこと 恋人早坂の書いていたブログの熱心な読者だったこと そのくらいかしら。早坂は知らなかったみたいだけどね、安田が自分のブログ小説を読んでいたってこと。小説のほうは…・そうねえ よくできてはいるわ。会社員のかたわら小説家を目指す素人が書いたものとは思えない。切なくて 暖かくて・・純愛小説よ。でも ほら 私 こういうの苦手だから。ばかばかしいとは言わないけど、なんだか恥ずかしくなっちゃうのよね。というわけで 今のところ手がかりなし。でもね 安田が早坂のコーヒーに睡眠剤を混入したって説、私は曲げないわよ。課長がなんて言ったって。ええ、私の直感よ、いつもどおりのね。動機なんてこれから見つけるわ。彼女が犯人よ。
ねえ 真田。聞いたわよ。あなた自分からこの事件降りたんですってね。どうして?…いや、いいわよ、別にひとりでも困ってないし…。自由に動ける分だけいいかも、なんてね。
とにかく 安田の意識が戻ったって情報が入ったら すぐに連絡ちょうだいね。課長たぶん私への連絡遅らすだろうから。独走するなってうるさいのよ。事件降りたあなたにこんなこと頼むの筋違いなんだけど、私から離れたら あなたの方がきっと情報早いわ。じゃね。」
影浦 電話を切り 独白。
影浦「…「安武 お前がそう思うなら そうなんだろ」、か。真田らしいわね。あいつはいつもそう。そう言って私の後ろくっついてくるのよね・・。あいつの意見ってないのかしら。
それにしても問題は動機ね。動機なんてなくたって人殺す輩はいるだろうに・・ま、被疑者の意識が戻らないんだから、課長を説得する動機を探してやらなくちゃ ね」
舞台暗転。影浦退場。
電話のベル。続いて影浦の声。
影浦「はい 影浦。ああ 真田。うん、安田の意識が戻った?サンキュ。病院へ向かうわ。え 何?動機なんてくそ食らえよ。状況証拠しかない今、とにかく安田の自白を取り付ければいいんだから。いいわよ、私ひとりで。あなた事件降りたんでしょ。表だけでなく裏を見ろ?こんなときになに寝ぼけたこといってるのよ。電話きるわ。じゃね。」
舞台は 明るい病室。
中央に横たわる女 安田。無表情に天井を見上げている。その脇に立つ影浦。
「じゃあ あなたは 何も知らないっていうのね。ねえ隠してもだめよ。あなたが睡眠剤を常用していたことは分かってるの。なぜ早坂さんのコーヒーに入れたの?早坂さんを愛していたんでしょう?早坂さんもあなたを愛していたはずよ。動機は何?」
「…私は何も知りません。刑事さん。早坂さんの車に乗って事故にあった、それだけですわ。もう疲れました。出ていってください。」
「そうはいかないわ。じゃあ早坂さんは睡眠剤を自分で飲んだ上で車にのったのかしら。そういうことになるわ。」
「あの人は そんないいかげんな人じゃありません。」
「じゃあ自殺しようとしたとか?」
「自殺をするような人でもありません。あの人 夢を持っていたんです。小説家になるって。今はしがない会社員だけど、人の心を揺さぶり新たな物語を始めるような、そんな小説を書くんだって、いつも言ってました。自殺するような人じゃないんです。」
「そうだったらしいわね。ブログ読んだわ。よく分からないけど、才能はあったのね。」
「もちろんです。あんな素敵な小説私は読んだことはありません。ほんとに…ほんとに素敵でした。誰だってあれを読んだら、あのヒロインを好きになるわ。彼の愛の叫びに胸を切り裂かれるわ。あのヒロインに嫉妬しない読者はいないわ。あの小説を読んで、心を揺さぶられないあなたは どこか欠けているのよ。あなたには何も話したくないわ。お引取りください。」
「仕方ないわね。また来るわ。これであきらめたとは思わないでね。」
舞台変わり 1台のPCと 椅子に座り電話をかける影浦。
「…うん またダメ。進歩なしよ。あの女ほんとに頑固なのよ。あなたには話したくないの一点張り。やんなっちゃう。ふふ・・課長の我慢ももう限度ね。明日いっぱいで単なる事故として片付けるそうよ。影浦初敗北をきすといったとこかしら。ああ くやしい。あの女が犯人なのは確かなのよ。
…・・そうね あなたはいつもそう言ってくれるわね。お前がそう思うならそうなんだろって。でも今回ばかりはその無責任な同意も間違いだったみたいよ。
…・え?何?聞こえない。…あら 気に障ったの?無責任を無責任って言ってどこが悪いのよ。いつもあなたはそう。そんなの信頼じゃないわ、無責任なだけよ。今まではそれでも間違いはなかった、でも残念でした。人の勘に賭けるあなたの賭けも今回は負け。そろそろ相手を乗り換えたら?ああそうか、今回は相棒じゃないものね。良かったわね、相棒降りといて。相棒でもない相手に私ったら何しゃべってるんだろ。…・ええ 呑んでるわ。別にいいでしょ。呑まなきゃやってられないわよ。
恋愛小説なんて世間にはいくらでも溢れているわ。一つや二つ良さが分からないからって、欠陥人間扱いされてたまるもんですか。
それになによあの女。肝心な事件のことは黙りっきりのくせに、小説の話しになるといきりたっちゃって。私だって小説くらい読むわよ。でも冒険も正義も知恵もない 世の中にごまんとありふれた男と女の出来事なんて読むに値しないわ。時間を食いつぶすようにただ生きて恋して振り回されて死んでいく虫けらのような幾多の人間の思いなんて、わざわざ書かなくたっていいと思わない?
他に大事なことはないのかしら?
…・例えば…例えば…・この事件の解決?…ふふ、今となってはそんなものもどうでもいいことね。
どれもどうでもいいこと、か…・。呑みすぎたみたい。もう電話切るわ。おやすみ。」
PCに突っ伏して寝入る影浦。
舞台暗転。
PCの画面だけが明るく光っている。…もの言いたげに・・・・。だが 沈黙は守られている。
夜だけが 更けていく。
朝が訪れる。
目覚める影浦。
二日酔いの朝の妙にけだるい明るさが舞台を満たしている。
「ああ 頭痛い。なんだか昨日は呑みすぎちゃったなあ。
さて 今日で最後か。とはいえ いまさらできることはない、か。
あいつ・・真田・・最後何か言ってな・・なんだっけ。
・・ああ そう、表だけでなく裏も見ろって。
あいつ前もそんなこと言ってたっけ。お前は俺の表しか見てないって。
表…だけじゃなく…・裏?表・・に現れていること?そして裏・・に隠されていること…?…うーん わかんない。あいつの言うことは、いつもぼけてるんだもの…。何が言いたいんだか。
隠されているもの…何が?隠されている…・・ま いいか。あいつに裏と表があるようにも思えないし。」
面倒くさそうにPCの電源を落とそうとする影浦。
ふと手を止める。
「ちょっと 待てよ。現れているものと隠されているもの・・非公開記事?
安田も私も見ているのは公開記事だけ、非公開記事は見ていない。
どうせ今日でこの件はおしまい。非公開記事を見てからあきらめてもいいじゃない。
表と裏 思いもかけないヒントだわ、真田。
くそ あと8時間。パスワードを探さなきゃ。」
PCに必死で向かう影浦。
だが早坂のブログへのログインパスワードは見つからない。
焦りだけが時を刻んで行く。
とうとう影浦の手が止まる。
そして 思いつめたように 電話をとる。
「もしもし 真田?あなたのPCのログインパスワード教えて。いいから。いやヒントが欲しいだけなのよ。早坂のブログにログインしたいの。解決できるなんて思っていない。でも私や安田が見ていない何かがあるのかもしれない。それを知りたいのよ。ええ思いつく物は全部試したわ。恋人安田のデータも入れてみた。だめなのよ。ねえあなただったらどういうパスワードにする?ねえ、今日で最後なのよ。お願い。協力して。
……え?聞こえない。もう一度言って。」
受話器の向こうで真田の声が答える。
まわしていたボールペンの動きが止まる。
そのまま黙って電話を切る影浦。
しばらく目を閉じたあと、静かにPCに向かう。
PCが輝き ログインが完了する。
PC「9月26日 公開予定記事。ブログ終了のお知らせとエピローグ 麻希子。君は黙っていたけれど、このブログを君が読んでいることは知っている。そのことを僕が話題にしなかったのはなぜかな。なんだか照れくさかったからかな。そう この小説は君に宛てて書いたものだ。小説家になりたいなんて子供じみた夢をずっと持ってはいたけれど、君と出会うまで、僕には小説に書くべき何ものもなかったんだ。君と出会って初めて、溢れる思いを言葉にせずにはいられない衝動を知った。君に伝えたい想いのすべて、伝えられない想いのすべてを、僕はここに記していた。どうして何も言ってくれないの?君はよくそう言って僕を責めたね。確かに僕は、愛してるってたったそれだけのことすら、めったに口にはしなかった。口に出したら嘘になってしまいそうで怖かったんだ。それにね 「ねえ好きって言って」そう言って首をかしげる君のその様がかわいくてかわいくて、僕はなんだかちょっと意地悪な気持ちになって、あえて黙ってみたりしちゃうんだ。でもその分の想いは言わない分だけ強くなって、この小説に込められた。麻希子、君のおかげでこの小説はできた。君と出会って3年目の今日、小説の出版というおまけをつけて、君に贈るよ。僕は会社を辞める。君には苦労かけるかもしれないけど、君と歩んでいけるだろうこれからの人生を思うと、次の小説が書けるような気がするんだ。次の小説も君に贈るよ。その次も、その次も、僕がこれから書く小説はすべて、君のものだ。僕のプロポーズ、受けてくれるかい? 由起夫」
舞台変わって 安田の病室。
影浦は黙って非公開記事を手渡す。
読むうちに 顔色を変え 泣き崩れる安田。
影浦立ち尽くす。
ひとしきり泣いた後、安田は顔を上げ、影浦に問う。
「どうして彼のブログにログインできたの?」
「あなたにとっての早坂さんのように、私をずっと見ていてくれてた人が、自分のパスワードを私に教えてくれたの。そこからの類推は簡単だった。」
「そう。彼は私にパスワードを教えずに、死んでしまったわ。もう少し早く教えてくれていたら彼を殺さずにすんだかもしれない。――人間ってやっかいなものね。パスワードを知らなかったら、相手の心にログインできないんだから。」
「安田さん いいえ、私はそうは思わないわ。パスワードを知らなくたって、ほんの少しの想像力があれば、公開記事の裏に隠された大きな想いを読み取ることができるはずよ。抱えている思いが大きければ大きいほど、言葉にできないものが増えるんだわ。相手の無言のつぶやきに耳を傾けること、人を愛するって、そういうことじゃないのかしら。
ふふ、もっとも私がこんなことを言う資格はないわね。今まで 誰の心にも非公開記事があるってことにすら 気付いていなかったのだから。」
影浦、安田に手を差し出す。
安田その手を握り、二人微笑みあう。
安田退場。
舞台に一人残る影浦。
スポットライトの中で 電話を取り出す。
「課長 影浦です。安田の自白取り付けました。はい、これからそちらに戻ります。それからお願いがあるんです。真田さんと私のコンビ続けさせてもらえませんか。真田さんには私からお願いします。
・・ねえ課長、男の人って単純で、真っ直ぐで・・なんだか馬鹿みたいで切ないですね。でも女はもっと馬鹿かもしれません。たった一言のパスワードがなかったら、公開記事しか読めないのだから。」
電話を切った影浦 真田のパスワードを小さくつぶやいて 微笑み 長い髪をかきあげる。
――ワレアブヲトワニマモラン
――幕。
**********上清水賞テンプレ**********
【ルール】
2人1組で参加するタッグ戦(ダブルス)です。
参加の流れは、以下の通り。
1・一緒に参加するパートナーを探す
2・トラバ作品の導入部(事件編)を受け持つか、解決編を受け持つか、2人で相談して担 当を決める
3・前半部担当者が、この記事にトラックバックする
4・上清水からお題発表
5・後半部担当者が、前半部の記事に解決編をトラックバックする
1人目は自由に事件を発生させて(謎を提示して)ください。
2人目は、その事件の解決部分に、上清水から出されるお題を絡めて書いてください。
エントリー期限は前半部担当者が9/25 21:00。
上清水のお題発表は9/26 21:00。
後半部担当者が10/2 21:00。
優勝者発表は10/3 21:00を予定しております。
【審査方法】
●巨匠・上清水一三六が自ら最優秀作品を選出。
その他、編集者・入江賞も選出予定。
●参加条件はすべてのブロガーによるチーム。
TB人数制限はありません。原則として1チーム1TBですが、パートナーが異なる場合には別チームとみなしますので、相手を替えれば何作品でもTB可能です。
※誰でも参加出来るようにこのテンプレを記事の最後にコピペお願いします。
★会場 上清水一三六のがき〜んどよよん
http://kshimiz136.exblog.jp
企画元 激短ミステリィ
http://osarudon1.exblog.jp
**********上清水賞テンプレ**********
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