病院の 裏口から出ると
大きなケヤキの木々が 並木を作るようにして 私を迎える。
もう一日が終わってしまったんじゃないかって思うほどの 深夜遅く
吐き気がするほど疲れた体を引きずって
やっとのことで 病院から這いでた夜も
いったい幾日 知らない間に過ぎてしまったのだろうと
数える気力もなく
最後に自転車を置いたのは どの木の下だったろうと
そればかりを 不安に思う そんな夕べも
いつのまにか 一日なんかとっくに終わって
次の朝が まだかまだか って
待ちきれないように 明けてくる そんな時も
大きなケヤキの木は そこにあって
100円ショップで買った腕時計の示す その時間に相応しい 闇を
空を覆うように 張り巡らした枝葉の 間に
当たり前のように たたずませていた。
しんと 静まりかえった 病院の裏口を開けて
私はそこで 我に返る。
ああ 一日が終わることは無いんだ って
いつだって その時間に相応しい 光りや闇が 世界を満たしているんだ って
泣き出したいような
興奮にかられて
大きく そこで 深呼吸する。
怖い夢を見て ふと目を覚ましたら
うたた寝する母の腕の中に 息苦しいほど 抱かれているのに気がついて
身動きできず 息をこらして 規則的に上下する その白い胸を じっと見ているような
私を 包む 世界が
息苦しいほど いとおしい
そんな 夕べ。
病院の裏口のドアを開けて
いちいち 立ち止まったりはしないけれど
誰にも分からないように
いつだって ひとつ
大きく 深呼吸する。
春には春の 秋には秋の
けやきの匂いが 私を満たす。
誰にも 内緒の
誰にも 譲れない
私だけの ご褒美。
神を信じるほど 優しく出来てはいないけれど
この闇を 信じられるほどには 単純なのだ。
明日私が 死んでも
(そう 今日死んだ あの人のように)
このケヤキも この闇も
変わらずここにあるのだって
信じることのできる 幸せ。
私は なんて 幸せ なんだろう!
・・・・・・今日のレシピ・・・・・・
生ぬるい BOMBAY SAPPHIRRE に チンザノ・ロッソを垂らして
即席マティーニ。
つまみは DAVID BOWIE 'hours...'