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![]() 久しぶりに父のもとに帰りました。 ウィスキーに枇杷の砂糖煮のおつまみが父らしい夜となりました。 5年下の後輩が、少なくとも私の5年前よりもずっと頼もしいとの私の弁を受け、父が言う。 自分のありったけの知識、ありったけの経験、ありったけの存在すべてを、惜しみなく後輩に伝えることに躊躇を覚えるようになったなら、そのときが自分の限界と知れ。 そのときには、逡巡なく、自らの地位を後輩に譲るべきである、と。 父が生きてきた会社社会とは違うのだ、この世界では手術件数こそがものを言うのだという私の弁を嘲笑って父は言う。 技術的なことは俺は解からん、だが、己の知識を常に高めようとする努力がある限り、譲れぬ自分の居場所はあるはずだ。 それすら奪われるほどお前の後輩が進歩を遂げたなら・・・・・ そんな嬉しいことはないはずじゃないか。 それに、 と父は続けて言った。 今の仕事をやめたって人間生きていくことはいくらでもできるんんだ。 用がなくなればさっさとやめて、好きなことをして生きるまでさ。 己の為でなく社会の為に、どれほど尽くしえるのか、 そしてその後、どれほどの人生が残されているのか、考えることすらおこがましいと 想う、夜。 父上、かっこいい。だからあぶさん嫁に行く気にならないのかな。羨ましい会話です。だってお父様の仰る言葉は本来殿方には言いにくい視点からの真実だと思うから。 話がずれていたらごめんなさい、と前置きしてから(笑) 中学の時だったかなあ、父に何の為に仕事するの?って聞いたら、「次男としてのオレが自活するには当時としては一番近道だったから」って返事をされて大泣きしたことがあるんです。自分が望んでいた答えは、〜したかったから、〜をやってみたかったらから、という類いのことだったので。そんなことを思い出しました。でも、↑のお父さんは、あぶさんの仕事の大変さとその為に自分の体を酷使している姿を見ているから、遠回しに、もういいんじゃないか、辞めても、と言ってあげたかったんじゃないかと、私にはそんな風に思えました。 自分の代わりが出来たら、いつでも辞めようと思っている自分が居たりします。 でも実際には。 代わりが出来た頃には、自分も進化していて、代わりが居なくなっているんですよネw #俺がそう思ってるだけか^^ゞ とても手ごたえのあった父と娘の会話でしたね... 「この父にしてこの娘在り、この娘にしてこの父在り」ですね。そういう会話ができることが、至福でなくて何なのか、いやはや羨ましい限りです。 後10年余り、組織と後輩に何が残せるか、壁になり楯となり、踏み台となって・・・、確かにそういうことを意識しながら過ごす事が増えてきたのを、改めて意識している日々。今日のお話は、胸に沁みます。 お父様の言葉、身に沁み入りますね。 勝手に私への言葉だとも思い頂戴いたします。 きっとあぶさんのいる現場とでは温度差があるのかもしれませんが そういう会話が父子で真摯にできるのは羨ましいです。 私は13歳のときに父が癌で亡くなり10歳上の兄が父代わりでした。 父に代わって私を育てた熱血漢ですが、私の越してきた道の随所で 影響を与えてきたと思います。 きっとそういうお父様の血はあぶさんの中に脈々と受け継がれてるような 感じがします。 何か元気をいただいた気がします。ありがとうございます。 ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。 お父様に激励されにゆかれたのですね。 すばらしいお父上。父性を感じます。 コメント欄の方々のお言葉にも、それぞれの人生が垣間見えたような気がします。 これからどうなるか分からないけれど、前を向いていこう、って思いました。 写真の枇杷、色がとてもきれいですね。 あぶセンセ父娘の素敵なエッセンスを、ありがとうございました。 まったく本質(?)からずれてるコメントですが・・・ ウイスキーのつまみに枇杷の砂糖煮、たまりませんね^^ こういう父に私もなりたい! ちなみに似ているのはウィスキーのつまみに甘味を選ぶあたり。。。だけ(笑) こんばんはぁ。 女性でも、男性でもそうなんですけど。 両親年代の方々は、わたしたちよりも、ずっと社会のため、を意識して生きてこられたんだなぁという場面に遭遇します。 わたしになにが・・・なんですけど。。 伝えられることが、まだあるのなら。 出し惜しむことなく後輩に伝えていけたらと思います。 私も、あと10年、30代のうちに若隠居したい<まったくの駄目人間 失礼しました。 じゃぁ俺がアブ先生に引導を渡しに。。。なんて(笑 そうそう。 ネズミちゃんの手術で外科的センスがあるなんていわれましたw なかなか、見てらっしゃると思える発言ですね。 自分の人生ってどうして上積みを考えて転職とか離職とかを考えますが、実際、そんなのは、ちっぽけなのかもしれません。 でも、不安でしょうがないから、延長線上を考えてしまう。 私も何度か転職を考えましたが、明らかに条件が変わることが怖くなってやめたんです。 そんなの、人生のうちのほんの一部分なんですけどね。 そして、人間は絶えず前を向いて走っているはずなので、後ろが怖くなったときは、その道から別の道にうつった方がいいんでしょうね。 こんにちは、同業者、頭元にいるものです。 私も、同意見というか、次の世代に渡せるものは、全部渡したいと思う今日この頃です。 惜しみなく、私の技術や知識を伝えることがすべてのような気がしております。 後輩たちが、私たちをいつか越えていくそのときが、潮時なのでしょうね! なんか凄いいい事を聞いたと思いました。 教訓にしたいですね。 いいお父様をお持ちですね~。 粋ですよね。 ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。 いつも素敵な言葉と写真をありがとうございます。 これをみて元気をもらっている人は私だけじゃないはずです。 お父様の素敵な言葉、心に響きました。 こんなちっぽけな自分でも、世の中のためになることはしていきたい、自分がたくさんの患者さんを診て得たものをできるだけ後輩に伝えて大学を去りたい、最近いつもそう思いながらやっています。 夏は少し暇になりますか・・・。 本当に素敵な言葉だと思いました。大学の部活という小さな枠でも6年間一生懸命やってきて、ずっと後輩に教え続けてきましたが、6年目にしてこの言葉を聞いて自分が思っていたことが整理されてスッキリしたように感じます。社会に出ても同じことだと肝に銘じておきたいと思います。 親子で、じっくりこういう話ができるなんていいですね。 何か用件があり、ご実家に戻られた様子。 この父と酌み交わす場面は、さしずめ小津安二郎の映画だと、主人公に縁談話が来て・・・。 というくだりですかね~。 見合いでもしそうな気配ですか? (笑 ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。 > masugoi404 さま 嫁に行く気にならないのではなくて、いくチャンスがなかっただけで^^; しかも父はこの話をしたときもべろんべろんの酔っ払いで、かっこいいどころか、なんだかなーって言う状態だったんですよ(笑) しかし確かに企業戦士として半生を生きてきた人の言葉とは思えませんね。 > t2minaさま 私も同じ経験がありますよ。高校生の時父にどうして今の仕事を選んだのか聞いたんです。やっぱり、高校生の私とってはなんだかがっかりする答えだった。それで私の選択肢の中から企業に就職するというのは消えたんです。企業に属さなくても生きて行ける職業にしようと思ったんですよ。 今となっては、やりはじめた動機よりも、どのようにやっていくか、どのようにやってきたか、こそが大切なのだとわかるようになりました。 > GALANT's Cafe さま そう思っているうちは辞め時ではないんですよ、きっと。 でも自分について思えば、後輩が自分を越した、と冷静に判断できるかどうか怪しいものです。そんなことは誰も言っちゃあくれませんし、ましてや権力を握る立場になれば、その権力の行使についてはいつまでたっても(つまり引退しない限り)「代わりはいない」のですから、引き時というのはとても難しいですよね。この手術はまだまだ俺じゃなきゃと言って、年間何百例も手術をしている人たちを見るにつけ、ああはなりたくないものだとつくづく思います。やらせてみれば案外できるものですからね。 > 寧夢 さま そういうことを考えることができるようになるというのは、老いのもたらす大きなメリットですよね。 潔く、美しく老いていきたいと思います。 > hal_84さま 言葉にならなくとも、しなくとも、伝え伝わるものというのはあるのでしょう。この歳になって私は母のことも父のことも、何を考えどうやって生きてきたのか、何も知らないことに気がつきました。しかしにも関わらず確実に伝わっていくものというのはあるんですよね。 >かぎ at 2007-07-22 15:55 さま ご連絡いただきましたのに、申し訳ありませんでした。 いろいろとご苦労さまでした! > ふう さま うちにはびわの木があって毎年うんざりするほど実るのです。果物が大好物の妹がいなくなってからは砂糖煮にして食べています。 おっしゃるようにコメントくださる方々の言葉の中にそれぞれに人生があり、そこに出会えるというだけでこんなささいな記事であっても書くかいがあります。 ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。 > sofia_ssさま ねー。私は昔は「お酒に甘いものなんてナンセンス!」と思っていたのですが、父と飲むようになったからなのか、あるいはまた歳をかさね嗜好が変わったのか、ウィスキーには甘いものを好むようになりました。 > bucmacotoさま >ウィスキーのつまみに甘味 そうなんですか!甘味といっても色々ありますが、ばくまこさんは砂糖系統?チョコレート系統?小豆系統?(笑) > おはぎ。さま そうですね。私ぐらいの世代では、社会のため、と思うこと自体が、どこか偽善のような後ろめたさを持っていて、なかなかそう考えずらいように思います。堂々とそう思えるような人生っていいなあ、と思います。 > とす さま あら!? あと10年たっても30代ですか!私、とすさんのご年齢を全く勘違いしておりました!w > Kris.S さま ええ、ぜひぜひ!心臓外科・・・たのしいですよ~♪ そのセンス、ぜひ生かしてくださいな! > panchan1121さま 怖くて離職ができないこともあれば、怖くて離職をしてしまうこともあるのでしょうね。いずれにせよ視点は「私」にあり、そのちっぽけな中で日々選択を積み重ねた結果が人生なのでしょうけれど、最終的に振り返ったときに少しでも、自分以外の何者かにとっても自分の存在が意味を持っていたのだと実感できれば、とても幸せなことだと思います。 > y-maki1107 さま 近頃は後輩が頼もしくて頼もしくて。体力的にそろそろエスケープしたい私は、いつ任せられるかいつ任せられるかとタイミングを計っているのですよ(邪) > manmaru-_-manmaruさま 飲んだくれの親父もたまにはいいこと言う、なんて思いましたよ。まあ酔っ払ってのことですけどねw >かぎ at 2007-07-25 17:43 さま ごめん~、を形にしたいでいいじゃない!私もそうだけれど、社会に対して背負っている罪悪感からこそ、全ての行動は始まる、というのが正直なところだと思うのですよ。世界の悲惨さとその上に立つ自分、どう考えたって人類の未来は暗いのに、のうのうと生きている自分、私たちの存在そのものにつきまとう罪悪感こそが私たちを行動にかりたてるのだと思います。それでいいじゃない! > ganchan さま 今年は夏になったのに、冬の勢いで緊急手術がきています。他の仕事でもそうなのかもしれませんが、己のため、だけで続けていくにはあまりに辛くしんどい仕事であるように思います。そういう仕事についているものにとって、社会のため、というのは蜜のように甘い言葉であり、同時にどこまでいっても「本当に」社会のため、なんてものがありうるのかどうかといった自問自答を追い詰める切っ先のような言葉でもありますね。 > jeo さま 部活であれなんであれ、誰かに教えることのできる立場に恵まれたこと自体、感謝してもしきれないほどの有難いことなのだと思います。社会に出てもまた同じように思い、行動できる場に恵まれますように。 > konomi0206さま
昔はできなかったですね。父があとどのくらい生きるのだろうかと、実感をもって案ずることができるようになってはじめて、まじめに話すことができるようになりました。 > shintaro さま 残念ながら、 うちの父は娘のために縁談をなどという気のきいた人間じゃないのですよ。先日、「どこかにいい縁談ないのかしら?」って冗談で言ったら「今時インターネットの出会いナントカでも精子バンクでも、色んなものがあるのだから、自分で責任持ってなんとかしなさい」といわれました。なんという父親じゃ!
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