プレコの餌が切れていることに気付いて 夜中 スーパーに出かけた。
残念ながらそのスーパーにプレコの餌は置いてなくて
代わりにきゅうりを1本買った。
人間様の私だって、この時期きゅうりなんて食べないわよ。
いくらだか知ってんのかしら。
まったくなんてゼイタクなんでしょ、うちのプレコは。
なんて愚痴愚痴いいながら
魚にそんなゼイタクをさせる自分が可笑しくて
たぶん心なしか口元もほころんでいたと思う。
レジでばったり出会ったのは、私がひそかに憧れる腎臓内科の先生。
けっして仕立てがいいとはいえないくたびれたスーツ。
せっかくのロマンスグレーも寝癖じゃあね。
伏せ目がちな横顔、ときどき見せる夢見るような目尻の皺。
太くて暖かそうな指、少し寂しそうな肩。
いつものようににっこりと目礼を頂き
握り締めたきゅうりの情けなさ。
私は頭が真っ白になる。
冬にきゅうりを買うなんて
どんな贅沢な浮ついた生活をしているのだろうと思われたかと
とっさに言い訳が口をついて出る。
(まあ別に冬にきゅうりを買ったっていいとおもうんです。実際買いますし。
でも憧れの人の前ではついいい顔したくなるでしょう?)
「これは・・・・あたしじゃないんです。
プレコに・・・・魚にあげるんです、餌なんです。プレコってきゅうり好きなんです。」
「そうですか。
魚を飼っていらっしゃるのですか。」
穏やかな 笑いを含んだ声はいつもの彼。
対するは
この寒空に寝巻きにサンダル きゅうり1本握り締めて
にやにや笑いを口元にへばりつけたままのへっぴりの私。
恥ずかしかったわぁ、と
そんな話を同僚にしたら、同僚は目一杯の哀れみと同情を込めていった。
「お前さ、その慌てよう、絶対誤解されてるぜ。」
「ん?」
「恥ずかしいのはさ、
冬にきゅうりを買うことじゃなくて
夜中に寝巻きで女がきゅうりを1本買うことだろうがよっ。」
・・・・・・・・えぇぇぇぇぇっっ。