例えば古いアルバムを家族で覗き込み、あの時はこうだった、この時はこうだったと話し合うような団欒のとき。あるいはまたこいつはいったいどうしているだろうと独りしみじみとアルバムをめくる夜更け。
いずれにせよ、過去に返るひとときというのは人間だけに許された優しい贅沢なのだと思う。
手術が終わると、術者は手術記録というものを記載する。
それぞれの病院によって、あるいは術者それぞれによって形式に違いはあるのだが、大抵初めの2,3行で手術に至った簡単な経緯と、それに引き続き、どうやって臓器に到達したか(胸骨正中切開、とかね)、開けた瞬間目に入った臓器の様子はどうだったか(癒着があった、とか、腹水があったとか、石灰化があったとか)、病変はどうだったのか、それからどういう判断で何をしたのか、術中の血圧やらなにやらの変動はどうだったのか、どうやって傷を閉じたのか(この情報はもう一度手術をするときに有用)、なんてことがA4一枚につらつらと書いてある。うちの書式だともう一枚の上半分に、手術日、病名、術式、手術時間、人工心肺時間、輸血の有無などなど、下半分に手術の絵を描くようになっている。
手術一回につきひとつの記録を簡単な術前サマリーなんかと組にして日付順にファイルしたのが何年分も何年分も、たぶんどこの外科チームにおいても宝物のように大切に保管されているはずだ。
手術記録はその外科チームの歴史であると同時に、外科医個人の歴史でもある。どこに観光にいっても写真などめったに撮らないものぐさな私であるから成人してからのアルバムの数などたかが知れている。引越しの度に重みを増すダンボールは写真ではなくこの手術記録である。(自分で行った手術の記録は専門医取得の申請などにも必要。もちろんこれは個人情報を含むので病院からは持ちださない。)
手術記録のファイルはその外科チームの成績を論文にしたりするのにも使われるし、めったにない珍しい手術や初めて行う手術の前などに他の術者がこれまでどうやってきたのかを振り返って予習するのにも使う。
でもそれ以外にも私達は、このファイルをそれこそ古いアルバムをめくるように、しょっちゅう手に取る。当直の夜のひと時、あるいは手術の無い日ののんびりとした昼休み、あるいは日曜日、午前中のそれぞれの仕事が終わりコーヒー一杯もらったら帰ろうとなんとはなしに立ち寄った医局で、気が向いた一冊を取り出してはページを繰る。
覚えてる?このとき。どうしたらよいか悩んだよねぇ。結局あれで正解だったけどさ、試練だったよねぇ。
あぁ、この手術。大変だったねぇ。この最中にさ、あいつの二番目の子供が生まれてたんだったよね。
ああ、懐かしい。○○さん。どうしてるかなあ。ここのうちのお嫁さん、たいした人だった。
あ、××さん!先日転院先の先生に聞いたら元気に退院したって。おうちに帰れたみたい。がんばったねぇ。
一手術一手術に、患者さん一人一人に忘れられぬ思い出があり、話は尽きない。
無我夢中で過ぎていく一日一日の真っ只中では言葉にもせずに流してしまった事々を、掘り起こして再共有することで、経験はあらゆる角度から何度でも味わいつくされ、次に迎えるであろう試練の肥料となる。
私達はこうして、何度でも何度でも過去に返っていく。もう二度と巻き返されぬ過ぎし時間の、苦さを、重みを分かち合い、今こうしてここにいることのかけがえのなさをしみじみ噛み締めるのだ。
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