去年までは家に帰らないのなんて 全然平気だった。
心臓外科なんてやっていれば ICUでどたばたしているうちに
あっという間に一月経ったなんて当たり前のことで
衣替えから衣替えまで家に一度も帰らなくて大丈夫 っていうのが強みだった。
でも今年の私はちょっと違うんだ。
なんてったって ぬか床があるからね。
朝晩手を入れるのはさすがに無理だけど
せめてほんとは一日一回 ぬか床をかき回さなくちゃ いけないんだ。
どんなに忙しくたって 15分の隙間があれば
家に帰って ぬか床かき回して 病院に戻れる。
「ごめん 15分」
そうやって なんとかかんとか どんなに空けてもせめて三日に一度は
ぬか床をかき回してきた。
あんたはあたしの弱みになっちまったよ。
ぶつぶつ文句を言いながら でも そんな文句の言える相手がいるのがうれしくて。
きりきりと星凍る夜中に
あるいは 赤い落ち葉に霜つく明け方
ぬか床に手を入れに 15分
家に帰る。
使い捨てていくような時の流れに 記憶を刻み込むように
なんとかかんとか 家に帰る。
15分の 立ち止まり。
15分の 記憶。
その手間が
いとおしくて。
生きるとは こういうことなんだろうかと
使い捨てずに生きるとは こういうことなんだろうかと
凍れる夜空を見上げて 白い息を吐く。
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そうやって来たのに。
さすが冬。(注
とうとうやってしまった。
今日は一週間ぶりの我が家です。
15分の隙間が作れない冬。
おそるべし~。
というわけで ぬか床がどうなっていますやら・・。
(注)
冬は心筋梗塞や大動脈解離、大動脈瘤破裂などの緊急手術が増える。