「本当に彼でいいの?」
まほの硬く小さな胸を愛撫しながら、沙織は言った。
「少しでもひっかかるところがあるのなら、突っ走る前にちょっと立ち止まりなさい。男なんていくらでもいるわ。」
「わかってる。」
2日前まで会っていた男の話よりも、まほは目の前でお預けをするように意地悪く微笑む沙織の薄い唇が欲しくて身体をよじった。
「わかってない。」
掠るか掠らないかの距離を保って、沙織の唇はまほをじらす。
「ねえ。」
「ねだってもだめよ。物分りの悪い子にはお仕置きしなくちゃ。」
「お願い。」
「だめ。いってごらん。彼のどこがよかったの。」
「キスよ。キスがよかったの。」
「それだけ?」
「ええ。それだけ。」
「あとは?」
「あとは…分からない。ねえ。」
「だめ。ちゃんと答えて。あとは?」
「それだけ。本当よ。ねえ。」
沙織の冷たい唇が喉元をなぞり、まほは思わず声をあげて首をのけぞらせる。
「男なんてやめなさい。まほ。欲しい物は私があげるわ。」
「私達が女であるために男なんていらないわ。そうでしょう。優しい愛撫、耳に注がれるひそやかな囁き、快感の場を探り当てる繊細な指先、私達は何でも持っているわ。くだらない男につかまって付けられたあざを、いつだって舐めてあげているのは私よ。」
全く沙織の言うとおりだ。
沙織に抱かれるのはこんなにも素敵でこんなにも安らかなのに、
無防備に開いた私の体に傷をつけない男など居たためしがないのに、
どうして私は男を求めてしまうのだろう。
熱く冷たく、柔らかく繊細な沙織。
波の様に押し寄せたかと思うと、風の様に向きをかえ、蛇の様に執拗で、大理石の様に冷たい沙織。
沙織の中は溶けた溶岩のように熱く、地中から涌き出る蒸気の様に湿っている。
私の身体を縛り、私が痛みで気を失いそうになるまで執拗に攻めるときですら、沙織は舞い落ちる雪の様に優しい。
「男は猫みたいなもの。気まぐれで図々しくて自分のことしか好きでないわ。」
「用心なさい。男は決して女を理解しないし愛撫もしない。自らの快感に従って私達の身体を使うだけよ。」
そう、そう、そのとおりよ、沙織。
100万回でも同意するわ。
私の身体に風の息吹を与え、脈打つ大地の熱を与え、恵みの雨を降らせる沙織。
私のキス、私の指先、私の腿、私の乳房、私の陰毛、それら全てを魔法の杖に変える沙織。
触れ合う度にびくびくと痙攣する沙織の身体、沙織の汗、沙織のため息、沙織の喘ぎ。
細胞と言う細胞がざわざわと粟めき立ち、
絡み合う肢体の全てが熱い鉄に触れたかのように溶け合い、
そのあまりの優しさに、私は身体の底で慟哭する。
「違う、そこじゃない。」「痛い。」「そんなに乱暴にしないで。」
男との行為に他に言うべきことなどあるだろうか。
義務のように乳房と性器に伸ばされる無骨な指
分泌物の確認だけして押し開かれる身体
官能の舌をそろそろと胸に這わせてもその無反応ぶりはまるで床を舐めているよう
ああ あの退屈な往復運動さえこの世から消滅してくれたら!
なんだって男はいつだって同じセックスをするのだろう。
力強さ、乱暴さ、強引さだけが快感の源であるかのように
不恰好に突き出たモノの挿入だけが自らの存在価値であるかのように
自分にとってそうであるように、性器といえばたった一箇所だけしか知らぬかのように。
無意識に発せられる嬌声にも
溢れ出る分泌物にも
上気した皮膚にも
意味などない。
私がイクのは男を満足させるため。
少しでも早く、大げさに。
ねえ見て、私、きれいでしょう。
イク私を見て。
そして、さっさとイって頂戴!
心の中を占めるのはやすらぎではなく、挑戦。
決して満たされることのない欲望がどす黒い飢えを抱えて、肢体をくねらす。
「まほ。あなたが男を求めるのは、珍しい異国のおもちゃを欲しがる子供みたいなものよ。
手に入れてから、そしていつだって、がっかりするんだわ。
飽きるまで、遊んでいらっしゃい。怪我したら、私が舐めてあげるわ。」
いいえ、沙織。
私が探しているのはおもちゃではなくて、異星人なの。
決して分かり合えない、異質な物を探しているの。
分かり合えるからではなく、分かり合えないからこそ、おずおずと触覚を伸ばして触れ合う様に
それがとりもなおさず、互いの愛撫となるような、
そんな宇宙人とのコンタクトを探しているのよ!
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夏休みも終わり、習作も7つ目となりました。
「色々な書き方で」そのことを描きたいと、始めてみた習作ですが、
状況や登場人物、文体を変えてみたところで、描いているのはたったひとつのことで、
そのまわりをぐるぐる回っているだけのような気がしてきました。
とはいえ、公約数を抽出するにせよ、互いの差異に注目するにせよ、
ひとつのテーマで書きつづけることは、自らの想像力の限界とそのことに対する無意識の思いの炙り出しになり得るのかなと、思っています。
あといくつ書けるかしら?