ねた くださいに かおりさんからコメントいただきました。
手術のときって、
「メス」・・・パシッ!とかってとなりの看護婦さんに、道具を手渡してもらってますよね?テレビなどではそうなんですが・・・。
あれは、そう決まっているんですよね?
どうしてなのかしら~?と思ってました。使用済みの道具は、自分で片付けているの?落としたことは?
・・・・・・・・・・あぁ、くだらなくてすみません!!
ありがとうございます。 くだらなくて 答えやすいです。
(まじめな質問は もう少しゆっくり考えさせてください。すみません。)
というわけで 今日のネタは
「メス」・・・パシッ!
手術といえば メス である。
手術をすることは メスを握る だし 有名なあのマンガは 「メスよ ○○け」。
例え 実際の手術で メスが登場するのは 始めのたった10秒に過ぎないとしても
やはり 手術はメスである。
同じ 切るもので言えば はさみの方が はるかに使用頻度は高いし
目立つ という点で言えば 胸骨を切る電気のこぎり の方が 学生の喚声を浴びるけれど
それでも 「メス」 の荘厳な響きには かなわない。
いつも女扱いされない私は
「メスより重いものは 持ったことがない」などと
たまには か弱さを強調してみたりもするが (もちろん相手にされない)
間違っても 「電気のこぎりより 重いものは持ったことがない」 とは言わない。
なぜ メス なのか。
「手術をする」は なぜ 「メスを握る」 であり 「はさみを握る」 ではないのか。
なぜ 「メスさばき」 であり 「針糸さばき」 ではないのか。
独断の謗りを恐れず言えば メスは皮膚を切るからこそ 手術の代名詞になりうるのである。
(組織内には 血管が走っており 切れば当然出血する。
これを防ぐため 組織は電気メスなどで 凝固しながら切る。
あるいは 糸でしばって 間をはさみで切る。
皮膚は 電気メスで切ると 火傷して 治りが悪くなるため メスで切る。)
すべからく手術は 皮膚を切ることから 始まる。
皮膚―――それは 人間を境界付けるもの。 限界であり 防御壁である。
私たちの存在は 皮膚の内部に 外見上は限界付けられており 他者の侵入を 物理的にも心情的にも 拒んでいる。
だから私は 皮膚が 少し 苦手だ。
皮膚は硬く その下の脂肪はやわらかい。
皮膚は不潔で その下の組織は清潔だ。(細菌学的にね)
痛みを感じるのは皮膚 垢となって剥がれ落ちていくのも 皮膚。
皮膚は私を拒み どこまでいっても 絶対的な他者であることを主張する。
他人の体内に手を突っ込むという所業を 皮膚は どこか冷たく 見つめているような気がする。
だから私は 皮膚を切ると 少し 安心する。
皮膚を切ると 目の前のそれは よそよそしさを消し
私は 緊張を解いて 目の前の身体と 無我の境で対面することができる。
手術は そこから 始まる。
・・・・・閑話休題
失礼。 気を取り直して・・
というわけで 誰がなんと言っても 手術といえば メスである。
TVドラマの手術の始まりは いつだって「メス」・・・パシッ! であるが
これには 大きな間違いがある。
「セッシ(ピンセットのこと)」・・・パシッ! はある。
「メッツェン(はさみのこと)」・・・パシッ! もある。
これは決してかっこつけのためではない。
術者は術野から目を離さず 道具を受け取る必要から 直接介助の看護士に向かって
一見ぶっきらぼうに手を差し出し
看護士は 確かに渡したという合図のために パシッ! と渡しているのだ。
だが メスは 刃むき出しのナイフみたいなものである。
パシッ!と渡されたら まかり間違えば 流血騒ぎになってしまう。
(実際 気に食わない医師に向かって メスの刃と柄を逆向きに渡した という伝説をもっている看護士が どこの手術室にも 一人はいるものだ)
第一 メスを使う場面はたいてい 皮膚を切るなど たいした緊迫感のない場面であり
医師と看護士 お互いに怪我をする危険を犯してまで 術野から目を離さないでいる必要はない。
(実は 心臓外科では 大動脈を切ったり 心臓を切ったりするのにも メスを使う。
この場合は かなり緊張するし 術野から目を離さずに 道具の受け渡しをする。
だが 間違っても パシッ!とはやらず そろそろっと 受け渡しをする。)
したがって あらゆる手術道具のなかで メスだけは パシッ!とは渡されない。
(同じ理由で 針 なども パシッ! とは渡されない。 もちろん電気のこぎり もだ。)
「メス」・・・パシッ! で始まる手術は ドラマの中だけだ。
例えば 私の手術は もっとゆるゆるで始まる。
「麻酔の先生 それじゃあ 始めてよろしいですかぁ」
まずは 同志である麻酔のDrに確認。
大抵は いいに決まっているが
もしかしたら 麻酔が浅くなっているかもしれないし
鼻をかんでいて手をはなせないかもしれない。
「じゃあ ガーゼもらっても いいですかぁ」
メスだけでは始められない。
切れば血が出るし それを拭くガーゼもいる。
これまでに 看護士さんは 始まりのガーゼの数を数えている。
体の中に 忘れてきても すぐ分かるようにだ。
ガーゼカウントが済んでいないのに 勝手に始めると 看護士さんが怒る。
「じゃあ メスください・・・・・」 「はい メス 返しますよ」
この声かけには 人それぞれ スタイルがあり それで手術のリズムを作っている。
(私は 師匠に従い 3拍子のワルツ を心がけている)
使う道具の名前など 一切言わず
「術野を見ていれば 俺が何を欲しいかくらいわかるだろう」
と サイレントオペレーションを よしとする術者もいれば
私のように 次に使うものを 声に出すことによって リズムを取るものもいる。
(時々 欲しいものと声に出すものが違っていることもままあるが
さりげなく正しいものを出してくれる
古女房のような 看護士さんがちゃあんと いるもの。)
私の先輩のように 手術開始の前に 助手と看護士と握手をしてから始めるDrもいる。
(ただ単に 若い看護士と握手をしたいだけなのは 目に見えている。
昔 うちの科のDrは 手を握らしたら妊娠する と言われ
婦長の策略により おばさん看護士しかつけてもらえなかった 暗い過去があるのだ。)
おっと また話題がずれた。
残りの質問を。
使用済みの道具は、自分で片付けているの?落としたことは?
使ったら 看護士さんが 受け取ってくれます。
これまた 術野から 目を離さずに 返せるようになっているのです。
メスなどの危ないものは きちんと振り向いて手渡すか こちらがフリーズしていれば そっと受け取ってくれます。
病院によっては 直接手渡さず 間においた台の上に返すところもあります。
(怪我防止のため)
道具は よく落とします。<ダメ
「ごめん セッシ落とした!」といえば
大抵のもの よく落とすものは すぐに代わりを出してもらえます。
ひとつしかないような大事なものは 落とさないように気をつけますが それでも落とした場合は
至急で滅菌にかけます。
わざと落とすこともあります。
何かの拍子に 顔や帽子など 不潔なところに触ってしまったりした場合
あるいは 触ったような気がした場合 はそのまま 床に落とします。
なにより 患者さんの清潔 が大事 ですからね。