秋も半ば 途切れ途切れに鳴くこおろぎの寂しげな声も 先にお月さまの元へと逝った仲間を呼んでいるやうに思はれる ある夜のことでありました。
一雨さっと降った後の 足元の落ち葉も毛羽立ったすすきの穂も 何もかもがしっとりと濡れて「ああ きのこのにほいがする風だ」って胸の底まで深く息を吸い込みたくなるやうな しんと 冷たい湿った闇が 白いお月さまの光りに照らされて 秋の夜はさらさらと更けてゆきます。
えのころ草の 黄色くすすけたまあるい穂が ここそこに頭を揺らしているのを 季節外れの歯の欠けた下駄で ぱさりぱさりと蹴飛ばして歩けば 冷たい雫がはらはらと 幼い少女の細い足首を濡らし そのひんやりとした感触が ひとりぼっちの夕暮れのお使ひに相応しいやうに思はれ 末っ子の少女をいつも子供扱いする姉さまに なんと褒めてもらえるかしらんと 自分を迎える暖かい囲炉裏端を思ひながらのあぜ道でありました。
隣村の先生に手渡してもらった父さまの煎じ薬はしっかり腰に結はいてありましたので 両の手には途中で摘んだ 桔梗やら女郎花やらを大事に持って これまた途中で拾った木の枝で 伸び放題のすすきの穂を ぱさりぱさり と払ひながら 知らぬ間に口ずさむ歌は 姉さまたちがよく歌ふのを習はず聞き覚へた毬つき歌でございます。
いろはにほへど あのつきは
にほひにほはず さくはなの
さあさ あそべや せんのとの
まんのいのちの さかづきを
くるくるまはして ちょいとかぶせ
と、どこかで猫が にゃあ と鳴ひたやうな気がして立ち止まると そこはちょうど いつも花を供へる地蔵さまの前であることに気がついて 両の手に握っていた花々をお供へしやうと しゃがみこみ 少女はそこで その童子に出会ったのでございます。
年の頃は6、7を数へませうか さらさらの黒いおかっぱ髪をゆらし 透き通るやうな白ひ肌に 光る切れ長の瞳と朱色の口元が異様に目を引く童子でございました。
童子は少女には気付かず 地蔵さまの後ろをお守りする神さびたけやきの木の洞を嬉しそうに覗きこんでおりましたが するりと洞に姿を消したかと思ふと 次にはひとりの姐さんの手を引ひて現れたのでございます。
垂髪に品のいい藤色の小振袖をまとひ これまた抜けるやうに白ひ細面の美しい姐さんでございました。
不思議と怖くなかったのは その姐さんが 夢見るやうな顔付きで 微笑んでいたからかも 知れません。
童子は何とも幸せそうに姐さんの細い指をぺろぺろぺろぺろ舐めながら 姐さんの周りをくるくると回っておりました。
姐さんの横顔に見とれているうちに 理由は存じませんが ふと少女は ああ 死んでいなさるお人だと 思ったのでございます。
数日前 奥の屋敷の嬢さまが神隠しにあったのだと 村の大人たちがうわさしていたのを 聞くともなく聞いていたのを 思ひ出したのかもしれません。
そのときでございます。姐さんがゆっくりと振り向き 地蔵さまのこちらから見ている少女を真っ直ぐご覧になりました。
姐さんの両の瞳は色のない沼のやうで 少女はそのあまりの深さに 吸い込まれるやうな怖さを覚へ 思はず一歩後ずさりをいたしました。
寂しげに声をあげていた足もとのこおろぎが押し黙り 沈黙が嫌でも 部外者の存在を童子に知らしめたのでございましょう しゃっと 威嚇するやうに少女を睨んだ童子が 姐さんの着物の裾に隠れました。
どのくらいの沈黙が時を止めたのかは存じません。
折りしも吹いてきた一陣の風が 濃紺の夜空にひとつふたつ浮かんでいた雲で お月さまのお顔を隠したのでございましょうか 昼間ほどに明るく照らされていた辺りがふっと暗闇に包まれ 姐さんと童子を一瞬見失った少女が 体を固くして辺りを見回すと いつのまにやら 童子の姿は消え 姐さんだけがひとり 少女の目の前に立って居たのでございます。
わたくしを呼んだの?
少女は声も出せず 無我夢中で 首を振りました。
じゃあ なぜ 歌ったの
歌っていたでしょう なぜ 歌ったの
…知らない
不思議な微笑を湛えていた姐さんの顔が一瞬歪んだやうに見へたのは 少女の気のせいだったかもしれません。
次の瞬間には 姐さんは少女にくるりと背を向け 地蔵さまの後ろへ 滑るやうに消へて行ったのでございます。
見送るやうに一歩踏み出し 地蔵さまの向こうを見やった少女は 自分の目を疑ひました。
そこにはあるはずもない大きな川が 再び顔を出したお月さまをゆらゆらと映して 流れておりました。
すすきの穂が さわさわと湿った闇に揺れ 遅咲きの彼岸花が川縁にひとつふたつ お月さまを見上げておりました。
少女がそれ以上 川に近寄ることもせず 遠くから眺めただけで あぜ道に戻ったのは 足もとの葛花の蔓に足を取られたからばかりではありますまい。
父さまの待つ囲炉裏端へ ぱたぱたとあぜ道を駆けていく小さな背中を まんまるいお月さまの光は ほんわりと 照らしているばかりで ございました。
わたくしが存じているのは これで全てでございます。
古いと言えばあまりに古い 秋の夕べの出来事 何のお役にたてることやら・・・・・・。
視簾子さまとやら 何をお調べかは 存じませんが
少女はこの話を 誰にも語ったことはないと 申します。
夜もすっかり更けてしまいました。
・・・・・・ああ ご覧ください 今夜は満月でございましたね。
第1回上清水賞応募作品
**********上清水賞テンプレ**********
【ルール】
2人1組で参加するタッグ戦(ダブルス)です。
参加の流れは、以下の通り。
1・一緒に参加するパートナーを探す
2・トラバ作品の導入部(事件編)を受け持つか、解決編を受け持つか、2人で相談して担 当を決める
3・前半部担当者が、この記事にトラックバックする
4・上清水からお題発表
5・後半部担当者が、前半部の記事に解決編をトラックバックする
1人目は自由に事件を発生させて(謎を提示して)ください。
2人目は、その事件の解決部分に、上清水から出されるお題を絡めて書いてください。
エントリー期限は前半部担当者が9/25 21:00。
上清水のお題発表は9/26 21:00。
後半部担当者が10/2 21:00。
優勝者発表は10/3 21:00を予定しております。
【審査方法】
●巨匠・上清水一三六が自ら最優秀作品を選出。
その他、編集者・入江賞も選出予定。
●参加条件はすべてのブロガーによるチーム。
TB人数制限はありません。原則として1チーム1TBですが、パートナーが異なる場合には別チームとみなしますので、相手を替えれば何作品でもTB可能です。
※誰でも参加出来るようにこのテンプレを記事の最後にコピペお願いします。
★会場 上清水一三六のがき〜んどよよん
http://kshimiz136.exblog.jp
企画元 激短ミステリィ
http://osarudon1.exblog.jp
**********上清水賞テンプレ**********